オースチンのコピーと噂されたダットサン|1938年式 ダットサン17型ロードスター【2】

1938年式 ダットサン17型ロードスター。マルーン色は後からの塗装のようで、うっすらと透けて見える青みがかったライトグレーが本来の塗色のようだ。1937年に勃発した支那事変から太平洋戦争に至るこの時期、派手な塗装は世間的に許されず、17型セダンは黒または紺の塗色がほとんどだった

日本最初の本格的量産車両であるダットサンの中でも2座の高級車として登場した17型ロードスター。
林さんのコレクションから、当時の姿を残す個体を紹介する。

【林コレクション 1938年式 ダットサン17型ロードスター vol.2】

【画像34枚】後付けのアポロ式ウインカーとサイドミラー。ミラーはドアヒンジの軸に違和感なく取り付けられている。17型ロードスターのドアは前ヒンジの後ろ開き。

品質的には舶来品のオースチンセブンに劣るものの、ダットサンの価格は安かった。
このこともあって販売シェアを伸ばしていくことになるのだが、それとともに欧米では、ダットサンはオースチンセブンの模倣品であるという説がまことしやかに囁かれるようになる。

当時、オースチンセブンには、シャシー状態で輸入されたものに日本でボディを架装した半国産のようなクルマも存在し、外観上はまるで同じように見える。
このこともダットサンがデッドコピーと思われた理由のひとつと思われる。

実際にダットサン開発にあたり、参考になったのはフランスのベンジャミンという小型車という説が有力なのだが、とはいえすでに日本に多く走っていたオースチンセブンをまったく意識しなかったとは言えないだろう。
以前オースチンセブンの好事家に聞いた話だが、オースチン社ではダットサンを手に入れ、分解して意匠を侵害する部分がないか調査、そのうえでダットサンはオースチンセブンのコピーではないと認めているという。

その一方で、戦後日本の自動車メーカーが外国の優れた自動車をノックダウン生産することで技術を蓄積していくことになるのだが、日産自動車がパートナーとしてオースチンを選んだのは、どこか因縁めいたものを感じてしまうのだ。
ちなみにこのときオースチンが手に入れたというダットサンは今もイギリスに現存していると言われる。新車から一度分解し、再度組み立てただけという、おそらく現存するダットサンの中でもっとも状態がいいと思われる。

【3】へ続く


>>基本的に15型以降共通デザインのフロントグリルだが、中央に太い支柱が入るのが17型の特徴。クランク始動のときに歪むのを防止する対策。ヘッドライトは非オリジナル。



>>フレーム構造がよく分かる。オースチンセブンのフレーム形状がA型だったのに対し、ダットサンははしご型でフロントのみ狭まる形状と、全く異なることが分かる。プロペラシャフトからリアのドライブシャフトへの駆動伝達はデファレンシャルギアではなくウォームギアを用いていた。



>>トランクとしてはゴルフバックが積めるサイズとある。写真右上に見えるガソリンタンクは林さんが応急的に取り付けたものだ。
【画像34枚】画像をすべて見る

初出:ノスタルジックヒーロー 2019年12月号 Vol.196
(記事中の内容は掲載当時のものを主とし、一部加筆したものです)

1938年式 ダットサン17型ロードスター(全5記事

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text:Ryousuke Igarashi/五十嵐竜介  photo:Junichi Okumura/奥村純一 cooperation:Munehisa Mishige/三重宗久

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