トレーラーに載ってやってきたダットサン【1】「携帯の電話口で『買ったの!?』って思わず大声をあげてしまったんです」|1972年式 ダットサン 1200|ニッポン旧車の楽しみ方 第39回

入手から1年近くたって、ようやく安全に公道を走れるようになった1972年式ダットサン1200(B110系日産サニー)クーペ。「塗装したいと主人が言うので、私は白が似合うと思うんですけれど、上塗りすると隠れた場所に緑色の部分が残ってカッコ悪いんだそうです」とオーナーの奥さまが説明した

       
トレーラーに載ってやってきたダットサン

男の趣味は、突然始まることもある。ずっと旧車を手に入れたいと思っていたクルマ好きが、売りに出されている意中のクルマを突然発見した時、一瞬血が逆流するような感覚に襲われ、あっという間に興奮状態に陥るはずだ。ご主人に「その瞬間」が訪れたことで、予想していなかった緑色のダットサンとの生活が始まった奥さまの話をお届けする。

【1972年式 ダットサン 1200 Vol.1】

 旧車が欲しい。どうしたらいいかなぁ、と考える。家族を説得しながら購入を計画する方法が一つ。あるいは既成事実を作ってしまい、あとから家族を説得するのも一つ。家族を思いやる前者がもちろん正攻法だが、突然見つけた旧車の出物を逃すまいとすれば衝動買いになりかねない。

 旧車ファンのご主人をもつ家族の証言を、アメリカ西海岸在住のオーナーの奥さまから聞くことができた。

「携帯の電話口で『買ったの!?』って思わず大声をあげてしまったんです。あの朝、出物があるから見てくると言われたので、『すぐに買わずにきちんと考えてから決めて』って出かける前に伝えたのに。悔しかったから、電話を切って家に飾ってあったミニカーを全部片付けてしまいました」

 オーナーが旧車を見に出かけたのは昨年5月のある日曜日の朝のこと。帰宅時間が気にかかったオーナーの奥さまが午後になって電話をかけてみると、その電話口で「買った」と打ち明けられたのだった。電話を切っても平常心に戻れないオーナーの奥さまだったが、有無を言わさず、夕方になるとトレーラーに乗せられた緑色のダットサン1200が自宅へやって来た。そのクルマの脇で事を荒立てないようにと、できる限りおだやかに事情を説明したご主人の言葉を聞き、その日はなんとか夫婦喧嘩にはならずに済んだ。

 日本旧車の人気はアメリカでもとどまるところを知らない。商業価値としてはまだ高くない日本旧車は、専門販売店は皆無、一般中古車店や「オートトレーダー」などの中古車取引サイトに出ることも少ない。ファン同士の口コミやウェブサイトで売買の情報交換が行われているのが現状で、すなわちそのネットワークを知らないと情報を仕入れることは困難だ。そんな中、盛んに利用されるようになっているのが「クレイグズリスト」というコミュニティーサイトの売買コーナー。

 1200クーペの広告がクレイグズリストに出たまさにその日の午前中、オーナーはすでに売り手と向き合っていた。B110系、中でもクーペは出回る数が少ないからと、商談は成立。支払いはペイパルを使ってその場で済ませた。売り手にしてみればわずか5時間あまりの出来事。このように、出物の旧車はあっという間に引き取り手が決まってしまう。

 必要な修理部品を買い集める間、クルマは動くことなく半年以上も自宅のガレージに置いたままになっていた、と様子を説明したオーナーの奥さま。毎日目にしていると愛着もわいてくるのか。苛立ちも時間とともに収まり、次第に興味を持ち始めるようになった。車体を塗り直すのには何色が良いかと聞かれて、白がいいと提案もした。

「ただ『このダットサンを取っておくなら他を1台売って』と言ってるのに、全然手放す気配がないんです」
 使用頻度の少ない1台を手放すのかどうか。はっきりしないご主人の態度に、オーナーの奥さまの気持ちまでモヤモヤとしてしまうようだ。

>>【画像14枚】外観から判断すると日本国内仕様の前期型GLグレードのクーペに相当するダットサン1200。長年動かないままだったこの個体のオドメーターは8万マイルを超えた数字を示していた。部品はすべて新車当時のオリジナルそのままだったという。一見したところ塗装や内装の傷みは激しいものの、機関やボディ自体は健全そのもの




ダッシュボードは傷みのないきれいな状態で残っていた。唯一、黒かったはずのグローブボックスは脱色して白くなっていた。外径が40センチもある大きなステアリングは経年劣化した樹脂が砕けて落ちるため当座布を巻いて対応してあった。ベンチレーションの吹き出し口はダッシュボード下に備わるのみ。ラジオにはHITACHIとDATSUNが印字されていた。





車内から後方を見た際の第一印象は、その視界の良さ。車体が小さく窓が大きいためだ。長年直射日光を浴びたらしいリアシートの表面も内部もかなり傷んでいた。ヘッドレストに刻み込まれた飾り模様がそのまま残されていて、側面下部にはNISSANのロゴも確認できた。





アメリカの田舎道を走ると45年前の新車当時の車内から見えた風景がそのまま目の前にあるような、そんな気分にさせられた。現代の交通の中では、ほかのクルマに遅れないよう走るだけでエンジンを目一杯回す必要にも迫られる。荒々しくコーナーを曲がると、タンク内で揺すぶられたガソリンの匂いが車内まで漂ってきた。




ドライブ中に予期せず渋滞にはまってしまった。夏の昼間、気温は30℃。それでも水温計の針がわずかに上昇しただけで、30分の渋滞をまるで何事もなかったかのように軽々と切り抜けた。フリーウェイで大きくサムズアップしながら追い越していくドライバーに出会ったりするのも旧車を走らせる醍醐味の1つだという。




【2】に続く

初出:ノスタルジックヒーロー 2017年10月号 vol.183
(記事中の内容は掲載当時のものを主とし、一部加筆したものです)

1972年式 ダットサン 1200(全3記事)

関連記事:ニッポン旧車の楽しみ方

関連記事: サニー

text & photo : HISASHI MASUI/増井久志

RECOMMENDED

RELATED

RANKING