「ガレージなら工具を床に落としても拾えばいいけど、ヨットハーバーじゃ工具を海に落としたら、はいそれまで」|アメリカ発!ニッポン旧車の楽しみ方 第49回 ホンダ ビート【3】

日本国内仕様であるから、当然右ハンドル。キャビンはほぼオリジナルでナルディのハンドルがついていた。オドメーターの走行距離表示は3万6386㎞。「ドアのところにオイル交換済みのシールがはってある。そこに書き込まれている日付と走行距離が、オドメーターとつじつまが合わないんだよな」とヨルスさんは不思議がった。シールに書いてあった平成年号が理解できなかったらしい。

日本独特の自動車規格である「軽自動車」。維持費が安く、実用的なクルマが多い一方で、スポーツカーやオープンカーなど趣味的なクルマも数多く開発されてきた。マツダAZ-1、ホンダビート、スズキカプチーノの「平成ABCトリオ」は去りゆく平成を代表した趣味的軽自動車といえるだろう。

【ニッポン旧車の楽しみ方第49回 ホンダ ビート vol.3】

自分の意思通り、54歳で定期的な演奏活動はやめた。そこからなんと、リアルエステートディベロッパ(不動産開発者)として才能を発揮する。

「古い家を安く買い取って、綺麗に直して貸したり売ったりする。家の見栄えをお洒落に、細部まできっちりと仕上げるのがコツなんだ。おかげで商売は成り立ってるよ。今はフロリダ州にある家を改装していて、時々現場へも顔を出さなきゃいけないから忙しい」

現在62歳のヨルスさん。古いものを直すとなると強烈な集中力とピカイチの才能を発揮する。旧車の修理もそんなヨルスさんの才能の一端だったのだ。

「レジャーボートのメカニックだったこともある。LA(ロサンゼルス)で海に浮かべたボートに住んでいたこともあるんだ。今でも人に頼まれればボートの修理もするよ」

 クルマの修理と違うのはね、と言葉をつないだ。

「ガレージなら工具を床に落としても拾えばいいけど、ヨットハーバーじゃ工具を海に落としたら、はいそれまで。買い直さないといけないんだ」

近所のおばあさんが年代物のエッグビーター(卵攪拌器)を持っていた。モーターが壊れていたそうだ。分解してモーターのコイルを巻き直して修理してあげると、とても驚かれたという。そんなモノ直しの武勇伝がヨルスさんの口からいとまなく語られる。

小さなガレージに散りばめられた数々の修理道具を一つ一つ指差しながら、それにまつわるエピソードを話す。修理と機械に関する話は尽きることがない。問題を解決することが好きなのだという。そんなヨルスさんのもとへは、口コミで珍しいイタリア車やフランス車が助けを求めてやってくる。

「イタリア車が築いてきた技術に触れるのが楽しいんだ。フランス車の技術も、まあたまにはいいね」

ヨルスさんはアメリカの有名新聞ニューヨーク・タイムズから取材を受けたことがある。でき上がった記事のタイトルは「ランチア保存への骨身を惜しまぬ献身」。クルマを進化させるのも技術だが、クルマを守り続けるのも技術なのだ。

【画像12枚】「クルマの修理工具は、床に落としても拾えばいい」修理と機械に関する話は尽きることがない。町工場の立ち並ぶ袋小路の目立たない場所にショップはある。シャッターを閉めてしまうと掲げられた地味な看板だけがカーショップらしいことを伝える。「この看板は以前にどこかで見つけたもので、見た目がカッコいいと思ったからつけたんだ」。だから「EDDINS MOTO」は自分でつけたショップ名ではなく、実際の屋号は違うのだそうだ


>>この旋盤はフランスのカズヌーブという会社が1962年に製造したもので、イギリスのアストンマーチン社で使われていたものを譲り受けて、アメリカまでわざわざ輸送した。「ほら、この旋盤のギアレバー、感触がいいだろ」とシフトフィールに興奮し、隣に備え付けてあった米軍払い下げというバンドソーの表面を触って「オリジナルペイントだぜ」と感激する。ヨルスさんはまるで旧車のように工作機械にも接していた。これらの機械を駆使して旧車用の絶版部品を作り出す。その工作の過程にも大きな楽しみと喜びを見出している様子だった。


>>ショップ内は決して広くはない。シャッターを開けるとリフトが1台あって、その左に小さな作業台が配されている。ヨルスさんの朝の日課は、リフトの下に収めたカートを外へ出して作業スペースを確保し、作業台の上を掃除して、それから仕事にかかる。「昨夜は11時までマフラーの溶接をやってたんだよ」。地面には溶接材の破片が散らばっていた。


>>作業台のある場所から左の壁沿いに通路がある。カニ歩きをしないといけなくらい狭い。奥は機械加工エリアになっていて、古めかしい旋盤2台を始めドッシリとした工作機械が合計4台も並んでいた。「加工精度を出すにはこのガッチリした古いのがいいんだ」。ヨルスさんは主張した。天井にはアンティークな照明器具が吊るされ、ちょっとしたお洒落さを漂わせていた。


【1】【2】から続く


初出:ノスタルジックヒーロー2018年12月号 Vol.190
(記事中の内容は掲載当時のものを主とし、一部加筆したものです)


ニッポン旧車の楽しみ方第49回 ホンダ ビート(全3記事)

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text&photo:Hisashi Masui/増井久志

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