高身長のオーナーの元、小さなビートがさらに小さく見える|アメリカ発!ニッポン旧車の楽しみ方 第49回 ホンダ ビート【1】

ホンダビートのオーナー、ヤーン・ヨルスさんは、腕はメカニック、心はエンターテイナー。愛車ビートに注ぐ視線は熱く、寄り添うポーズも決まっていた。「車内で帽子はかぶれない」と言いつつも190㎝の長身はなんとかビートに収まる。「日本は子供のころボーイスカウトで行ったのが初めてだった。漬物がおいしくて気に入ったんだよ」と日本への親しみを隠さない。

       
日本独特の自動車規格である「軽自動車」。維持費が安く、実用的なクルマが多い一方で、スポーツカーやオープンカーなど趣味的なクルマも数多く開発されてきた。マツダAZ-1、ホンダビート、スズキカプチーノの「平成ABCトリオ」は去りゆく平成を代表した趣味的軽自動車といえるだろう。

【ニッポン旧車の楽しみ方第49回 ホンダ ビート vol.1】

大学の街、カリフォルニア州バークレー市。街の雑踏から遠ざかった路地の、小さな建物の前にそのホンダビートはあった。建物の中はオールドスタイルの修理工場。他に日本車の姿はなく、ヨーロッパのクルマだけが並んでいた。

「ようこそ! 元気かい?」

明るい声の主はこのビートのオーナー、ヤーン・ヨルスさんだった。ヨルスさんは背が高い。その脇では、小さなビートが余計に小さく見えた。

「このビートは1年くらい前に自分で輸入したんだ。実はこれが2台目。1台目はあんまり程度がよくなかったからさ、いいのを探していたんだ」

ヨルスさんはイタリア旧車の修理を得意とするメカニックだ。アメリカでは輸入旧車といえばポルシェやBMWなどのドイツ車が圧倒的に多い。イギリス車がそれに続き、イタリア旧車は決してメジャーな存在ではない。

「15歳で初めて買ったクルマが1956年式アルファロメオ・ジュリエッタだった。中古の未完成車で、マイナーなクルマだから身近に直せる人もいなくて、自分でレストアするしかなかった。そうしたら、レストアの様子を見ていたんだろうね、『アルファロメオを修理してくれないか』って訪ねてきた人がいた。それから段々とイタリア車の修理を頼まれるようになったんだ」

古いものを丁寧に直すことが性分にあっていたらしく、ヨルスさんはどんどん旧車の世界へと傾倒していった。旧車の輸入も自分で行うようになった。好きなイタリア旧車はもちろん、80年代に誕生した日本車の、日本国内専用車種にも興味が湧き始めた。

「この前まで日産フィガロも持っていたんだよ。走りがよいクルマじゃなかったから手放したけど。ビートのエンジンは8500rpmまで回るからさ。それで欲しかったんだ。ホンダのフォーミュラ1を思い出すだろ」

日本国内でパイクカーが流行りだす少し前、アメリカではホンダが現地生産を開始(82年)、間もなくGMとトヨタによるNUMMIも稼働(84年)するなど、日本メーカーの北米戦略は「アメリカ製日本車」へとシフトしていた。ビートは日本国内市場専用の軽自動車。

当然アメリカへは正規輸出されなかったが、「中古車輸入禁止の25年」が過ぎてアメリカへ個人輸入されるようになった。日本の外へ出てしまえば極端な希少車となるゆえ、適切に修理するのは職人技。もちろんヨルスさんはそれを自分でできる。「希少車はお手の物」だからだ。

【画像12枚】ヨーロッパ車が並ぶ修理工場にあるビート。日本独特の軽自動車文化をアメリカで。ビートが小さいクルマなのは重々承知している。それでもアメリカの風景の中に入れてしまうと、その姿はおもちゃのようにさえ見えた。ヨルスさんの運転するビートはクルマの少ない裏通りをキビキビと走っていた


>>ホイールは前後で異径が標準。この個体にはRSワタナベ製エイトスポークが装着されていた。デュアルエキゾーストに加え無限のパーツで足回りを強化してあったそうだが、「すぐにボトムアウトする」とサスペンションにまず不満を一言。それでも「エンジン、サウンド、トランスミッション、全ていい。コーナーでのシャシーの挙動が今ひとつ気に入らないんだけど、でもこのクルマは手放さないよ」と2台目のビートには概ね満足の様子だった。


>>ボンネットは前方に開き、前輪の上部が露出するほど大きい。スペアタイヤの中央部には純正品の車載工具が新車当時のまま収められていた。トランクとして使えるスペースは一切ない。ヨルスさんがこの個体を入手してからは基本的な整備と調整をしただけだそうだ。


>>車体後方には手さげカバンが入る程度のトランクスペースが確保されていた。エンジンはほとんど見えず、ようやく手の入るくらいの隙間からオイルキャップ、デイップスティック、クーラントキャップなど日常整備に必要な部分にはアクセスが可能。「キャビン内からならプラグ交換もできそうだね」とヨルスさん。


【2】へ続く


初出:ノスタルジックヒーロー2018年12月号 Vol.190
(記事中の内容は掲載当時のものを主とし、一部加筆したものです)


ニッポン旧車の楽しみ方第49回 ホンダ ビート(全3記事)

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text&photo:Hisashi Masui/増井久志

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