「ロータリーエンジンが自動車博物館に永久に閉じ込められてしまう技術になってしまわぬよう」ロータリーエンジンの足跡【2】新たにSA22C RX-7を手に入れたロータリーマニア|1978年式 マツダ RX-7

RX-7前期型はスポーツカーらしい黒の簡潔な内装が特徴。1970年代の趣きを多分に残している

       
取材時からさらに遡ること7年前、このノスタルジックヒーロー本誌連載に登場していただいたロータリーエンジン搭載車マニアのオーナーから、新たにSA22C RX-7を手に入れたという連絡があり、再びリポーターの増井久志さんがオーナーを訪ねた。今も変わらないロータリー車に囲まれての生活。しかし、時の流れとともに複数あった愛車たちにはいろいろな変化があったようだ。その様子をリポートする。

【ニッポン旧車の楽しみ方 第44回 新たにSA22C RX-7を手に入れたロータリーマニア Vol.2】

【1】から続く

 ロータリーエンジンは言うまでもなく、東洋工業(現マツダ)がその知恵と忍耐をもって量産化を成し遂げた、世界で唯一無二の工業製品である。ドイツで生まれた理論を形にしたバンケルエンジンを「夢のエンジン」ともてはやし、世界中のエンジンメーカーが飛びついた。にもかかわらず、実用化に向けて山積する技術的問題を前にして、それはあやうく「夢」と消えそうだった。いや、バンケルエンジンの開発権を手に入れたメーカーのほとんどにとって、それは夢と消えたのだ。

 夢の前に立ちはだかった最大の難関は、技術者たちが「悪魔の爪痕」と呼んだ、ローターハウジング内壁に発生する波状の傷跡だった。実験を重ね議論を尽くした末、彼らはその原因をアペックスシールの自励振動だと結論づけた(*)。自励振動とは、風に吹かれた木の葉や窓のブラインドがパタパタと一定の音を立て始める、あの現象である。エンジンが回転するとアペックスシールが勝手にブルブルと振動し始め、ガリガリと内壁を削っていたのだ。高速回転するエンジンの中で、こんな物理現象が起こっていたと見抜いた時の技術者の気分は、いかにも爽快だったろう。

 のちに突き当たったのは、排ガス低減と燃費向上という人為的な壁だった。排ガスの清浄化には、燃焼済みガスをエンジン外部でもう一度燃やせばよいと考えたのがサーマルリアクター。再燃焼には新鮮な空気が必要である。ところが実際に空気を供給してみるとサーマルリアクターの温度が下がってしまってうまく燃えてくれない。新鮮で暖かい空気を供給するにはどうすればいいか。

 悩みに悩んだ技術者はある日「ひらめいた!」。途端に自宅の瞬間湯沸かし器を分解し始めた、と愉快なエピソードが今日に伝えられる。高温の排気ガスの余熱を使って新鮮な空気を温めるという発想は、熱交換と呼ばれる熱力学の応用技術だ。




>> 歴代のロータリーエンジン車は、ルーチェロータリークーペを除き、すべてが後輪駆動。初期型RX−7の足回りはシンプルな固定軸だった。車体の中程、排気管に沿って口を開けている細いパイプがサーマルリアクター保熱用に使われた空気の排出口。



>> 【画像14枚】7年前にはごちゃごちゃで足の踏み場もなかったビニールハウスの中など。クルマの上にまで作りつけてあった手製の木の棚も取り払われてスッキリさっぱり。レーサー仕様だったというドンガラのR100とRX-3の姿もはっきりと見ることができた


 コスモスポーツに搭載された10A型エンジンから12A型を経て13B型へと基本構造は変わらなくとも、エンジン細部やターボ搭載を含めた周辺技術は時代の要求と共に進化してきた。45年もの長きにわたって世界の夢を、この日本で我々に体感させてくれたマツダ製ロータリーエンジン。年々強化される排ガス規制を理由に2012年に市販を終える結果となった。水素エンジン転用が期待される中、マツダは「内燃機関の究極」を突き詰めるため、世界的な電気自動車への流れからは距離を置き、レシプロエンジンでむしろ存在感を増している。

 もしこれがアメリカのメーカーだったなら……。政治活動の激しいアメリカだったなら、メーカーやファン団体がロビー活動を起こして政府へ陳情していたかもしれない。固有のエンジン技術を現役として残すために、バンケルエンジンをレシプロエンジンとは異なる内燃機関として国内法制度を整える。そんな主張を通そうとする行動が想像できる。

 歴史に「もしも」は、なしだ。ロータリーエンジンが自動車博物館に永久に閉じ込められてしまう技術になってしまわぬよう、我々旧車ファンが走らせ続けなければなるまい。





>> シートは多くのスポーツカーに見られるヘッドレスト一体型で、細かく開けられた呼吸穴が赤い点に見えるのがとってもかわいらしい。



【3】に続く

初出:ノスタルジックヒーロー 2018年8月号 Vol.188
(記事中の内容は掲載当時のものを主とし、一部加筆したものです)

アメリカ発!ニッポン旧車の楽しみ方 第44回(全3記事)

シリーズ: ニッポン旧車の楽しみ方

関連記事:RX-7

関連記事:ロータリー



【1】から続く

text & photo : HISASHI MASUI/増井久志

RECOMMENDED

RELATED

RANKING