スバル最中の金型も作った?|スバルデザインの起源と伝承 Vol.2

1960年、造形部門に入社したのは2人だ。

ともに群馬製作所の第一期生である。同期は東京教育大(現在の筑波大)出身の林哲也だった。2人は切磋琢磨しながら今につながるスバルのデザインを確立させていく。3カ月の現場実習の後、林は4輪設計に、加藤は2輪のスクーター課に配属され、腕を振るうことになった。

 「現場実習は、バスやスバル360の生産ラインのほか、スクーターのラビットのラインにも行きました。スバル360は天井の取り付けが面白かったですね。工場ではラビット・ジュニアのフェンダーを板金で修正していました。頼み込んで、ここで叩かせてもらったんですよ。叩き方を見て、担当主任はボクが他の研修生とは違う、と分かったようです」
 と、加藤は入社当時を振り返る。


62年、伊香保有料道路でのラビットの走行試験に参加。加藤はラビットツーリングのデザインを担当したが、現在もレストアされた実車が、群馬製作所内に大切に保管されいる。今回、撮影で使用したスバルビジターセンターで、加藤は久しぶりに対面した。

 加藤が入社した頃、今のデザイン部は意匠課と呼ばれていた。技術部の1セクションで、10名足らずの小さなチームである。デザインのチーフは、後にスバル1000を手掛ける中嶋昭彦だった。
 「研修の後、モノコック・スクーターの一部をやったりました。その後がS301ATと呼ばれているラビット・ツーリングです。125㏄エンジンを積んだスクーターで、63年に発売されました。これが私の記念すべき最初の作品です。このモデルは軽井沢でカタログの撮影をやりました。テストライダーの島田銀之助さんが派手なジャンプをしたのでよく覚えています。当時は免許を持っていませんでしたが、伊香保有料道路でテスト走行をやりました。大らかな時代でした。
 これが一段落すると、スバル360のマイナーチェンジ・モデルのデザインを手伝いました。リアのインテーク回りのデザインが最初でしたね。スバル360のエンジンが分離給油になる時代は、ドアハンドルやカラーリングなどのほか、インテリアもいろいろ変えましたね
 そうそう、入社して設計室にいたときですよ。ある人が真剣になってスバル360のレリーフを作っていました。何かな、と思っていたら、スバル最中の金型だったんですね。『上手くない』と言ったら『お前やってみろ』と言われ、型を作ったことがありました」


「スバル360には、道具として圧倒的な素晴らしさがある」と加藤。ドアの内側のふくらみも、ウエスなどを置いておけるスペースが確保されている。

 スクーター、これに続くスバル360のエアインテーク回りをデザインしていたころのエピソードを語る。
 ラビット・ツーリングは、当時としては群を抜くスマートなデザインのスクーターだ。躍動感あふれ、ツートンのボディカラーも美しい。加藤は2輪のデザイン担当だったが、スバル360の販売が軌道に乗り、バリエーションが増えるにつれ、社内のウエイトは4輪に置かれるようになる。加藤も2年にわたって望んでいた自動車を描けるようになった。


スバル360は生産開始当初、伊勢崎第二工場で車体の組み立てが行われていた。月産能力500台、昼夜二直体制で1000台を確保するのがやっとで、60年10月に群馬製作所本工場が完成して、本格的な量産体制に移行した。

 「百瀬さんはボディ設計で天才的な手腕を発揮しましたが、絵心もある人でした。中学と高校のときの応用美術が見つかったのですが、これは素晴らしいものですよ。デッサンがうまいし、デザインに対し目利きでした。百瀬さんは常々、品物はちょっと引いて見ろ、とおっしゃっていました。絵と同じなんです。少し離れて見るとよさがよく分かります。80年代に発表したFFのレックスは、フードがちょっと垂れ下がっているんです。その理由は遠くから見ると分かります。
 百瀬さんは、クルマは空いているところにエンジンを入れればいいんだ、ともおっしゃっていました。メカニズムはできるだけコンパクトに設計し、キャビンを広く取るという合理的な設計を好みました。百瀬さんがシトロエンの設計哲学とデザインに惚れ込んでいたことは多くの人が知るところです。どこからかシトロエンDS19の中古車を持ってきてナンバープレートを取り、乗り回していました。気に入っていましたね。デザインにもこだわりがあり、イタリアのクルマが好きでした。大好きなのはザガート・デザインです。ランチアも好きでしたが、シトロエンだけはデザインも気に入っていましたね。百瀬さんは『スバルのクルマだけに乗っていてはクルマの魅力がわからないから、いろいろなクルマを見たり乗ったりしなさい』と言ってました」
 と、百瀬の人となりを語る。


掲載:ノスタルジックヒーロー 2008年 08月号 vol.128(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)

text:KATAOKA HIDEAKI/片岡英明 photo:INOMATA RYO/猪股 良

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