最大の難所は箱根! スバル360と大貴 誠の横浜・大阪往復の旅 3

スバルの魅力ってすごいのだ

 最大の難所は箱根新道だった。箱根は険しい。昔の人の言う通りだ。箱根越えに備えて坂道発進の練習しまくって臨んだのに「天下の険」はさすがに手強い。

上り下りを繰り返しているうちに、自分が上ってるのか下ってるのかわからなくなり、いらないところでアクセルをふかし過ぎるという、ふつう考えられないミスをやってしまった。

エンジンがガルルルルと爆音を立てるたびに「ごめん!」と叫ぶ大貴誠。クルマに謝っていた。




 そこへもってきて山の寒さ。道ばたには雪が凍りついて見るからに不吉だし、このスバルにはヒーターがついているはずなのに、たぶんほとんど効いていない。

ゲレンデ仕様の完全武装、着ぶくれ状態で臨んでも足先からだんだん感覚が失せていき、追い打ちをかけるように空は暮れてくる。

この時ばかりは心細さが雪崩のように襲ってきた。でも峠を越えたらあっという間に心細さも忘れて元気回復した。立ち直りは早いのだ。


スバル360を愛し、古いものを大切に慈しんでいる伊賀上野の旅館「薫楽荘」の女将さんと。

 選んだ旅館もみんな素晴らしかった。古いので不便なところもあるが、丁寧に使われ続けた味があって快適で、まるでスバルのような旅館だった。

3泊目の宿などは、偶然にも女将が「スバル360が好きで、スバルのポストカードを飾っている」ほどの人だった。目の前に現れたスバルを見て、大喜びしてくれた。


泊まった旅館に、スバル360の絵葉書が飾ってあるのを見つけて大喜び。


名銭湯の誉れ高い伊賀上野の「一乃湯」。男湯の前で男役風にポーズ(見学タイムなのでご心配なく)。


 スバルって吸引力あるな、とつくづく思う。途中、道の駅やガソリンスタンドでも、寄ってくるおっちゃんやお兄ちゃんの多かったこと多かったこと。

たくさんの出会いがあった。スバル誕生からクルマに注がれた愛情が、とぎれることなく今この時まで続いているからだ、と大貴誠は思った。


旧東海道宇津ノ谷峠にて。「オレ高校生の頃こいつに乗ってたよ!」というおじさんと一緒に。

「愛しい人に愛しいものを届けたい」という気持ち。そのことに気づかせてもらった。そういう気持ちを持った人たちとたくさん出会えた。

それは、スバルがそういう人たちのところに大貴誠を連れていってくれたのだ。



「いちばん有名な通天閣ビュースポット」の新世界にも寄って、このあと串カツ屋で乾杯。



無事、大阪到着! 万歳!(大貴さんオススメの通天閣ビュースポットがココなので、終着点もココ)。 


横浜を出発してから4日目、夕暮れの通天閣にスバルと大貴誠はたどりついた。大阪は「この冬一番の寒さ」だったが、箱根の冷気をくぐり抜けて来た者には温室みたいなものだ。

大阪は暖かく大貴誠を迎えてくれる。



 大阪府指定文化財にもなっている、元は遊郭だったという絢爛豪華な料亭で行われた誕生会では、ゲレンデ防寒仕様のドライビングスーツをサラリと脱ぎ捨て、大正浪漫風着物に身を包み、集まったファンをうっとりさせた。


そんな大貴誠だが、道中出会ってスバル談議に花が咲いたおっちゃんや兄ちゃんがここに来ても、あの時の女ドライバーがこの大正浪漫美人と同一人物とは気づかないのではなかろうか。どちらも本物の大貴誠です。


誕生会参加の皆さんで記念撮影。

掲載:ノスタルジックヒーロー 2011年 04月号 vol.144(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)

text:Rueka Aoki/青木るえか photo:Rumi Matsushita/松下るみ

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