愛車の名は「シャーク」 Vol.3|「S30ZがL型エンジンを積んで生まれた時代に申し訳ないじゃないか」|ダットサン フェアレディZ|ニッポン旧車の楽しみ方

左右のドアとリアハッチは純正のまま。テールランプにはLEDを使用している。異様な見てくれのマフラーからは、意外にも「正統派」的なエキゾースト音がする。マフラーの下に位置する調整可能なスポイラーが、高速でのテールリフトを抑える。

       

ニッポン旧車の楽しみ方

アメリカには、日本のような厳格な車検制度は存在しない。すべては「オウンリスク」。自分が乗っているクルマは、自分でしっかりと管理しなさいということだ。つまり旧車をベースにした車両改造も自由にできる。日本から見ると本当に恵まれた環境の中、S30ダットサン フェアレディZに魅せられたトムさんが、クルマ造りの原点に立ち返って、Zが生まれた当時には実現できなかった考え方で、新たなZを自らの手で造り出した。奇抜な改造車だけど、なんだかうらやましい……こんな旧車の楽しみ方ができるなんて。

【愛車の名は「シャーク」 ダットサン フェアレディZ Vol.3】

【2】から続く

 こんな大改造を受けたS30Zシャークだが、これほどの改造を個人でやるのは容易ではなかったはず。「1年ちょっとで仕上げたんだよ」と言うトムさんとは、一体どんな人なのか。

 もうはるか昔のこと、13歳のときに父親と溶接屋を始めた。学業を終え、機械工として何度か職を変えながらさまざまな経験を蓄えていったが、どこへ行っても溶接の仕事から離れることはなかった。そして当時の若者らしく、仕事の合間をぬってバイクやホットロッドの改造を散々やったという。「Fヘッド直列6発の1953年式ウィリーズ・ジープ、1962年式フォード・フェアレーン、フラットヘッドV8の1938年式キャデラック・ラサール、それにビートルのバギーとかね」と、まるで聞き慣れない名前が飛び出してきたが、言ってみればトムさんは、クルマの改造はお手の物だったのだ。

 1961年から7年間は航空機メーカーのロッキードで働き、そこでチタン溶接を習得した。「チタンを溶接できるヤツはそういないよ」と自慢する。そして1996年になってダットサン240Zに出合った。この時「小さいのがいいんだよ」と、この小振りなスポーツカーに美しさを感じたそうだ。こんな職人肌の経歴を持つトムさんは、今はもう退職して、自宅のガレージで自分のクルマをいじりながら、近所のカーショップでパートタイムで働くだけの、まさに「クルマ隠居生活」を送っている。


>>【画像22枚】トムさんを訪ねたとき、止めてあった4台のZなど。左の赤い280Zはガレージ内にある240Zのエンジン用のドナー。黄色の280Zは「サフラン」と名付けた奥さま用のZで、特別な改造はせずパワーステアリングを装着し、エクステリアの飾り付けをしてある


 そんなのんきな生活から生まれたシャーク、と思いきや、いざクルマに乗り込んでみると、隠居生活という言葉から想像される穏やかな世界が一変。すっかり吹き飛んでしまった。スロットルに追随して軽々と上下するタコメーターの針とエキゾーストの音。シャーク独特の音と匂いがすぐにタイトなキャビンを満たした。
 走り出すとすぐに、ボディ剛性の高さが体感できた。路面の凹凸にも歪まないフレームに、載せられただけのボディパネルがガサガサと揺れる様子は、まるでストックカーのよう。コーナーへ入るとリアが少し暴れた。ポジティブトラクションを採用しているためだ。それを体で感じ、コントロールしながらコーナーを抜けていく。軽快に路面をとらえ続けるサスペンション、鼻先をヨコへはじかれるような旋回性、そしてコーナーからの立ち上がりでは、粘りあるL型エンジンの吹け上がる音が、惜しみなく官能を刺激する。これだ、我々がライトウエイトスポーツに求めていたものはこの感覚だったんだ!

 新しい型式のエンジンに載せ替えるとか、最新の素材で空力に優れた強固なボディを作るといった改造もいいだろう。しかしそれじゃあ、S30ZがL型エンジンを積んで生まれた時代に申し訳ないじゃないか。トムさんの改造は、その時代にできるはずだったのにやられなかったことを試みるという、時をさかのぼる実験だったのだ。


 軽く、バランス良くという、セオリー中のセオリーに従って、当時は実現しなかったライトウエイトスポーツを今に再現させたトムさんのZ改造論。そのメッセージは「基本に立ち返れ」ということだったのだ。



>> 「こんな汚い格好で悪いな」と、トムさん。ご心配なく。作業着はエンジニアの正装ですよ。





>> トムさんがシャークに先立って足回りを改造した240Z。フロントサスペンションのコイルオーバーが、ボディへと移されている。リアのインボードも試みた。このクルマは現在息子さんが所有。



初出:ノスタルジックヒーロー 2011年6月号Vol.145
(記事中の内容は掲載当時のものを主とし、一部加筆したものです)

ニッポン旧車の楽しみ方 第1回|ダットサン フェアレディZ(全3記事)

関連記事: ニッポン旧車の楽しみ方 第1回

関連記事: ニッポン旧車の楽しみ方

関連記事: フェアレディ


【1】【2】から続く

text & photo : HISASHI MASUI/増井久志

RECOMMENDED

RELATED

RANKING