ニッポン旧車の楽しみ方
アメリカには、日本のような厳格な車検制度は存在しない。すべては「オウンリスク」。自分が乗っているクルマは、自分でしっかりと管理しなさいということだ。つまり旧車をベースにした車両改造も自由にできる。日本から見ると本当に恵まれた環境の中、S30ダットサン フェアレディZに魅せられたトムさんが、クルマ造りの原点に立ち返って、Zが生まれた当時には実現できなかった考え方で、新たなZを自らの手で造り出した。奇抜な改造車だけど、なんだかうらやましい……こんな旧車の楽しみ方ができるなんて。
【愛車の名は「シャーク」 ダットサン フェアレディZ Vol.2】
【1】から続く もしZがフロントミッドシップとして生まれていたら、はたしてどんなクルマになっていただろう。そんな改造をした人がいる。カリフォルニア州レベックという田舎の村に住むトム・ニッカーソンさん。この15年間、69歳になっていた取材当時でもS30Z一筋の筋金入りのZファンだ。Zに魅せられたトムさんは、小手先のクルマいじりでは飽き足らず、本気で始めた改造をどんどんエスカレートさせてしまった。
トムさんが「シャーク」と呼ぶ改造Zを目の当たりにしてまず驚くのは、その外観である。グラデーションのかかったラメ入りの2トーンカラーに塗られたボディ。「ジョーズ」を思わせるいかついフロントマスクと左右の「エラ」。そして奇天烈なマフラー、などなど。確かにS30Zの面影は残しているものの、「これは族車なのか!?」が第一印象。
驚きつつも、「要は中身だ」ということで件のエンジンを見せてもらおうとすると、シャークのフロントが大きく前方に開いた。往年のスーパーカーを思い起こさせる、中身を全てさらけ出すような大胆さだ。そしてそこには確かに、キャビン方向へと後退させられたL型エンジンがあった。
日産が初めてSOHCを採用したという一連の6気筒L型エンジンは、排気量にかかわらず外観は同一、重量もほぼ同一である。従って、排気量が最大のL28型がシリーズ最高出力を発生することになる。シャークにはこのL28型が積まれていた。
このエンジンが載るボディのほうだが、これはわざわざ重い280Zを使う必要はなく、軽い240Zを使えばいい。端的に言ってしまえば、280Zの重いボディを240Zの軽いボディに替えた、ということだ。これだけで相当な軽量化になる(カタログ上の車重で200kg以上も異なる)。
しかしエンジンをフロントミッドシップの位置に搭載するには、相当な改造が必要。楽しく、かつ安全にするのに重要なのは次の3点だった。
まずは何と言ってもボディの補強だ。前輪車軸上にあったエンジンを後方へずらしたのだから、この重量物が前後の車軸間にぶら下がっている形になり、ボディ全体が下へたわむ。このたわみを避けなければならなかった。バックボーンのフレーム構造を有するトヨタ2000GTとは違って、S30Zのボディはモノコック構造なので、安易な変更はできない。そこで思い切ってフレーム構造へ変更することにした。
前輪車軸の位置からリアのデフ近くまで、シャシーの中央付近に楕円断面のチューブラーラダーフレームを設け、これをダッシュボード下からキャビン上を通り、座席後部へと落ち込むサブフレームによって補強した。こうして立体的なスペースフレーム構造とすることで、フロントミッドシップに耐えうるボディ強度を得た。
>>【画像22枚】左右のドアとリアハッチは純正のまま。テールランプにはLEDを使用している。異様な見てくれのマフラーからは、意外にも「正統派」的なエキゾースト音がする。高速でのテールリフトを抑える、マフラーの下に位置する調整可能なスポイラーなど 次はセンタートンネルの拡大である。前述のように、S30Zは開発段階で6気筒エンジン搭載に変更されたので、クラッチやトランスミッションを大型化するためにセンタートンネルを広げ、結果的にボディ幅まで拡大したという逸話がある。シャークの改造においては、後方に押しやられたトランスミッションの幅広部分がキャビンに入ってくるため、センタートンネルをさらに広げなければならなかった。しかしスタイルを保つためにはボディ幅を広げるわけにはいかず、当然キャビンの足元、そして運転席自体が狭くなった。後方へ追いやられたトランスミッションには、前に向かって曲がったシフトレバーを取り付けて、通常のシフト操作を可能にした。前輪車軸をクリアするのに、エンジンとトランスミッションを後方へ300mmも下げたのだ。
3点目、エンジンが後方へ移動し、前輪車軸付近に広くスペースが空いたので、サスペンションの設計自由度が増した。ふんだんに使えるスペースを生かして、大胆にも左右にリーフスプリングを渡し、これをアッパーアームの一部としてダブルウイッシュボーン式とした。スイングアーム式にした後輪にはインボードディスクブレーキを採用し、バネ下重量の低減を図った。
実は、サスペンションに関してはシャークの改造に先立つこと数年前、バネ下重量を低減すべく、実験的な240Zを1台仕上げている。この240Zでは、フロントのコイルオーバーをボディ側へ移動し、ダブルウイッシュボーン式サスペンションとした。リアはコイルオーバーのストラットのまま、インボードブレーキを採用した。シャークは従って、その進化型といえるわけだ。インボードブレーキは70年前後のフォーミュラカー、市販車ではジャガーやスバル1000シリーズなどで使われた方式である。
>> L28型エンジン全体が完全に前輪車軸の後ろに収まり、その直前をリーフスプリングが通る。手前左側に見えるのがシリンダーヘッド冷却用のラジエーター。フォーミュラカーさながらのフロントサスペンション! アッパーアームの一部を兼ねるリーフスプリングについて、「軽いし、意外といいんだよ」という。
>> 運転席はとてもタイト。シフトレバーが後ろから伸びているのに注目。その前方から立ち上がる柱は、スペースフレームの一部。足下も非常に狭い。ペダルは左にオフセットされ、足を入れる間隔がようやく保たれているといった感じ。慣れないとミスを誘発しそう。
>> パワートレインを両側から挟み込むように、ラダーフレームが通る。フロントサスペンションのロワアームをできるだけ長くとって、キャンバーの変化を最低限に抑える設計をした。
>> インボードブレーキを採用すると、リアのホイール回りはこんなにすっきりする。後輪を支えるスイングアームは、アルミ製のストラットを介してデフ上部を通るリーフスプリングへとつながれている。左上に見えているアルミ製の箱はガソリンタンク。
【3】に続く初出:ノスタルジックヒーロー 2011年6月号Vol.145
(記事中の内容は掲載当時のものを主とし、一部加筆したものです)
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