1年間しか販売されなかったマークⅡワゴン|クラシックトヨタに心を寄せるカリフォルニア・カーライフ Vol.1

アメリカ発! ニッポン旧車の楽しみ方 クラシックトヨタ編


友人の家のカローラ、初めて所有したセリカ、そしてマークⅡワゴン

日本車が世界へ飛び出していった1970年代、遠い地の大人だけでなく子供たちの幼い心にも、日本車の姿はくっきりと焼き付いた。

あのころ子供だったという日本旧車のファンに、アメリカで会うことも多い。

カリフォルニアワインの産地で有名なナパの町に近いフェアフィールド市。

市街地から離れた新興住宅地に住むヴァー・ジュマモイさん(43歳)もそんな一人だ。




「トヨタ車に対して忠誠心を持っています」というオーナー


 幼少の頃を過ごしたフィリピンで、近所に友達の親が所有するトヨタ・カローラがいつも止めてあった。

友達の親はクルマの中で遊ぶことを許してくれたので、その友達とレースごっこをして遊んだ記憶が今でも心から離れない。

そんな思い出をずっと胸にしまっていたことで、ジュマモイさんはすっかりトヨタファンになってしまった。



 アメリカで高校を卒業すると、叔父から買ったシボレー・カマロでクルマいじりを始め、ジュマモイさんはプロのメカニックを志した。

自動車整備専門学校に通い、同時に現在の自宅からそう遠くない地元のトヨタ販売店で職を得た。今から20年も前のことだ。



 そのころ友人から譲り受けた、下地塗装だけのオリジナルの72年式セリカ(RA21)が、自分で初めて所有したトヨタ車だった。

これを毎日の足として使っているうちに、心は次第にセリカに奪われていった。

職場に毎日のように入ってくるクラシックトヨタに接しているうち、さらにトヨタ車の魅力に引き込まれていったという。



贅沢な4M型2.6L水冷直列6気筒エンジンをおごられていながらも、アメリカンV8エンジンの前では、強い印象を与えるステーションワゴンにはなり得なかった。

 メカニックになる夢は結局あきらめざるを得なかったのだが、トヨタ車に対するパッションは消えるどころか、ますます募るばかりだった。

マツダやポルシェにも乗ったことがあるそうだが、今では一貫してトヨタ派。

ジュマモイさんの所有する5台のトヨタは、通勤に使う足回りを固めた96年式カムリLE、ワインディングロードの豊富なナパへ走りにいくセリカとカローラ、オフロードを楽しむための2007年式FJクルーザー。


実用的なクラシックワゴン


そして、そのトヨタコレクションに最近仲間入りしたのが、73年式のコロナ・マークⅡワゴンだ。



「ワゴンは実用的だから、クラシックを1台欲しいなとずっと思っていたんです」

 トヨタ車に対して忠誠心を持っています、とまで言うジュマモイさんは、マークⅡワゴンが売りに出たらしいという噂を、ある日トヨタファンの知人から聞きつけた。

早速その売り主に連絡、するとこの売り主も、筋金入りのトヨタファンだった。

引き取り手を厳選していた様子で、買い取りを申し出たジュマモイさんに立て続けに質問を投げかけた。

「ガレージはあるのか」「どうやって維持していくつもりだ」「改造なんかするんじゃないだろうな」。



 ジュマモイさんはそんな質問攻めにもたじろぐことなく、トヨタ車に対する純粋な思いを語った。

こうして売り主を説得することに成功したジュマモイさん、自分の手元に来たこのワゴンを、きれいに保ちながら買い物などにも使うようにして、クラシックトヨタの新たな一面を楽しんでいる。


オリジナルの状態がきれいなまま保たれている室内。3速ATのセレクトレバーのすぐ前には、前後部座席のスピーカーバランス調整の銀色の小さなダイヤルがつく。



滑り止めも兼ねた気の利いた装飾のあるビニールレザー製のリアシート。しかしながらヘッドレストは付かず足下も狭いため、補助座席の印象を否めなかった。



広々と開くリアゲートは、それだけでも貫録のあるものだった。容易に操作できるリアシートをたたむと広い荷室が現れる。



本場ワゴン市場での日本車は

 北米市場では販売不振だったと言われるクラウンを、68年に形式上引き継いだのがコロナマークⅡだった。

76年に「クレシーダ」の名前が登場するまで「コロナマークⅡ」の名前が使われたが、その間にワゴンは1年間しか販売されなかった。

北米市場で躍進した日本車も、ステーションワゴンに関してはその地位を築くことができなかったからだ。

それはアメリカのワゴン市場に変化が起こっていたからだった。



 ステーションワゴンは本来、鉄道での移動が主だった時代に、駅で旅客送迎をするための手段で、そもそも贅沢な乗り物だった。

その後モータリゼーションが訪れ、50年代になって自動車としてのステーションワゴンの形ができた。60年代になるとボディ側面を木目調にしたワゴンが登場。

単に大きさと利便性だけでなく、派手な装飾で「目立つ」ための要素も加わると、自家用車として誰もが競ってニューモデルに乗りたがるようになった。そんなクルマに乗っていることがオーナーの趣味の良さや生活ステータスを誇示したのだ。

 しかし70年代前半、世界はオイルショックに見舞われた。車幅は優に2mを超し、全長も6mに及ぶようなフルサイズワゴンではガソリン代がかさんだ。そこでメーカーがコンパクトな「2ドアワゴン」を発売すると、現実的だった消費者は我に返り、小さめのクルマを選ぶようになっていった。

 低燃費で人気を集め始めたトヨタが、販売に力を注いで北米市場に広く食い込んだのはこのころだった。

大型ワゴン離れの進む中、燃費の良いクルマが乗り換えの選択肢となるはずだったのだが、日本からやって来た「中型」サイズのワゴンは、消費者ニーズを満たさなかった。

ライトバンから派生した当時の日本製ワゴンは、アメリカのワゴンに比べると地味で装飾に欠け、また2ドアワゴンほどのコンパクトさは感じられず、どっち付かずの印象をたずさえたまま、時代は変わり続けた。



 80年代に入りコンピューターの時代となると技術も一段と進歩し、商用バンを小さくして使いやすくした「ミニバン」が開発された。

アメリカでは法定分類上の優遇もあって、消費者はミニバンを好んだ。こうしてステーションワゴンの魅力は薄れていったのだった。



掲載:ノスタルジックヒーロー 2012年12月号 Vol.154(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)

text & photo:Masui Hisashi/増井久志

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