右ハンドルのアメ車のトラック!? 関東大震災をきっかけに国内架装が始まったフォード|1934年式 日本フォード 重力式撒水自動車【1】

マスク形状は毎年変更され、このクルマは1934年式の特徴を持つ。オリジナルのフォードマーク入りヘッドライトは希少。

       
米国フォードの部品を参考にして初めて純国産トラックを製作し、日本の自動車産業の発展の要因となった米国フォードだったが、1940年に日米関係の悪化により操業停止となってしまった。ところで、「撒水車(または散水車)」と耳にしたことがあるだろうか。この記事では撒水車の起源にもふれている!

【ハヤシコレクション 米国フォードの痕跡を残す最後の1台 1934年式 日本フォード 重力式撒水自動車 vol.1】

一見しただけだと古いフォード製のトラックにしか見えない。

しかし、運転席をのぞくと左側にあるはずのステアリングが右側に付いている。これを見てすぐに、このフォードトラックが米国仕様ではなく、少なくとも自動車が左側を通行する国の車両だということが分かる。

そして、これを日本で走っていたフォードと結びつけた人はかなり鋭い。

言うまでもなく、フォードモーターカンパニーは米国を代表する自動車メーカーであり、その創業は1903年のこと。1908年から27年にかけて総生産台数は1500万7033台に達し、米国の自動車市場を席けんした大量生産車のT型フォード。競合する各自動車メーカーの台頭を制すべくリリースされた新A型フォードや、それに続くV型8気筒エンジン搭載モデルなどは、本誌読者ならすぐにその姿形が頭に浮かぶことだろう。

日本に自動車がもたらされたのは明治時代のことと言われる。その車種や年代について諸説はあるが、すぐに日本でも自動車製造の息吹があがった。明治維新以降の日本の近代化、工業化は、日本がそれまで培ってきた刀鍛冶などの優れた金属加工技術を基礎に発展していくことになる。これは自動車産業も同様だ。

とはいえ第二次世界大戦の前後までは輸入車が性能と品質で日本車をはるかに凌駕していた。日本車が世界で広く認められるようになるのは敗戦後ずいぶん先のことである。

日本の自動車産業が発展していく過程で、無視できない存在が横浜製のフォード車と大阪製のGM車である。フォードモーターカンパニーと、1908年創業のゼネラルモーターズ、米国の2大メーカーが日本国内で工場を持ち、自動車を生産していたことは、一般にはあまり知られていないことかもしれない。

 フォードとGMが日本での自動車生産に着手したのは1923年9月1日に起きた関東大震災がきっかけであったとされている。関東全域で190万人が被災し、死者行方不明者は10万人を超え、東京では地震による倒壊やその後の火災で約6割もの家屋が被害を受け、すでに当時東洋一の大都市だった東京は大きな被害を受けた。

この未曾有の災害に対し、震災直後に設置された政府主導の災害対策組織である復興院は、日本でフォード車を輸入販売していたセールフレーザー商会を通し、米国フォードから800台ものフォードT型およびトラックシャシーのTT型を購入。TT型シャシーに国内でボディを架装したバスは「円太郎バス」と呼ばれて親しまれ、震災により寸断された路面電車に代わり、都市交通を担った。

のちに輸入車の名門ディーラー「ヤナセ」となる「梁瀬商会」の梁瀬長太郎が震災の一報を聞いたのはヨーロッパ視察に出かけた際の船上だった。日々日本からもたらされる被害の状況を聞くにつけ、東京の復興のためには乗用車が不可欠と判断し、船上からGMに連絡し、2000台ものビュイックやシボレーの乗用車を発注。トラックではなく、なぜ乗用車を、という周囲の疑問の声を押し切り、その当時すでに日本国内での輸入車在庫を持て余していたにもかかわらずだ。 だが、その在庫を含め新規輸入したすべてのGM車が完売となった。これが今日も続くヤナセの根幹を成した。

この出来事から、日本市場の今後の発展性に注目したフォードとGMは、日本およびその周辺国への販売を見越して日本工場を開設することになる。

【画像28枚】現代のクルマと違い一つ一つの部品が大きい。時代を感じさせる写真たち



>戦前の月刊フォード誌広告にあった犬塚特殊自動車工場製の重力式撒水自動車と構造がそっくりであり、それによれば水槽の容量は600ガロン、約2400Lの容量がある。現在の1.5tトラックくらいと思えばそのサイズが推察できるだろう。シャシーはホイールベース131-1/2寸(3.340m)と157寸(3.988m)の2タイプあり、このモデルは後者。



>>キャビンから後方ノズルへロッドが伸びており、助手席のレバーでノズル開閉の操作をするものと思われる。



>>構造的にはタンク内の水を後方のノズルから撒き散らす重力式。左右に見える丸いバルブ状のものの下方ノズルから水が円形に広がるように噴霧される。



>>タンク上部にある水を入れる開口部。



>>1907年から使用されているフォードのエンブレム。初代チーフエンジニア兼デザイナーのC・ハロルド・ウィルスが自分の名刺に書いた手書き文字が原型。その後1928年にブルーオーバルの原型が誕生した。


【2】へ続く

初出:ノスタルジックヒーロー 2019年10月号 Vol.195

(記事中の内容は掲載当時のものを主とし、一部加筆したものです)

1934年式日本フォード重力式撒水自動車(全3記事

関連記事:林コレクション

関連記事:フォード

RECOMMENDED

RELATED

RANKING