跳ね馬を一切持たないフェラーリ|ディノ246GT Vol.1

フェラーリを名乗らなかったディノ246GT

●ディノ246GT tipo-L 1969年式

ディノはフェラーリではない。  

フェラーリの創始者の1人であるエンツォ・フェラーリは会社設立当初から量産車を造るという発想がなく、レースカーを開発し、終わったら金持ちに売却。そのお金で、またレーシングカーを造る生活。市販したクルマもホモロゲーション取得目的で、快適性と無縁。しかも、高額な12気筒エンジンしか作らず、「12気筒エンジン搭載車以外にフェラーリエンブレムを付けない」とまで言ったという逸話が残る人物だった。

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 そんな父親の会社を危惧した息子のアルフレッド・フェラーリは、大きな市場を狙うべく、6気筒の1.5Lエンジン開発に取り組む。志半ばで早世したが、彼の死後も続けられたエンジン開発は、突然表舞台へと担ぎ出される。

 58年のF1レギュレーション改訂で、燃料タンクが小さいコンパクトなマシン造りが急務となったフェラーリは開発中のV型6気筒1.5Lエンジンをスケールアップする方法を選択。

このエンジンはその後、F2で使用するためディノF2としてホモロゲーション取得を目指したが、当時のフェラーリ社にその余力はなく、フィアット社に製作を依頼。ここで作られたのが2.0LのV型6気筒エンジン。

これを搭載した市販車206GTが誕生する。

 エンツォは、このクルマを別ブランドで展開することを決定。それがアルフレッドの愛称であったディノ。フェラーリ社に2つ目のブランドが誕生した瞬間だった。

ホモロゲーション取得をクリアした206GTは、より実用に耐えられるようにモデルチェンジ。エンジンを2.4Lとし、ボディをスチール製にするなどのコストダウンを図った246GTが登場する。

 206GTにしろ246GTにしろ、ディノブランドとして発売されたことから、車体に一切跳ね馬は存在しない。

 偉人の伝記のように語られて来たフェラーリ親子の逸話は、父が子の願いを聞き入れ、息子の名前を冠したクルマを造ったことが美談として残されている。しかし、当時のフェラーリ社は背に腹は代えられないほどひっ迫しており、純粋に商売としてディノブランドが立ち上げられたことは、想像に難くない。

 そんなディノだが、今までのフェラーリとは全く違うクルマとして製作されたため、当時のエンジニアのこだわりが詰め込まれている。ステアリングを扱いやすくし、日本の5ナンバー車サイズまで車体を小さくし、新開発されたV型6気筒エンジンの性能を極限まで高めたクルマは、跳ね馬を持たない名車として語り継がれることになった。




優れたデザインが多くのファンを惹きつけるディノ。驚くべきはドアまで通されたエアインテークのくぼみの造形のすばらしさ。




通常ミッドシップを採用するスポーツカーはリアウインドーが非常に見にくいものだが、ディノは違う。その理由はサイドまで一体化されたウインドーの曲面ガラスにある。



4本出しマフラーから発せられるエグゾーストノートは意外にジェントル。




ノーズのエンブレムは跳ね馬のフェラーリではなく、ディノだ。



掲載:ノスタルジックヒーロー 2011年8月号 Vol.146(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)

text:Nostalgic Hero/編集部 photo:Daijiro Kori/郡 大二郎

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