「ディーノ」はフェラーリだけじゃなかった! F1だけでなくF2参戦のための増産をフィアットで!|68年式 フィアット ディーノ スパイダー Vol.1

かつてはF1直下のカテゴリーとして、ヨーロッパはもちろん日本国内でも高い人気を誇っていたフォーミュラ2選手権には、BMWやフォードなど複数の自動車メーカーがエンジン供給元として参入していたが、その中には名門フェラーリの名もあった。

現在ではF1GPに集中しているフェラーリだが、1973年までは、世界スポーツカー選手権から欧州ヒルクライム選手権にまでワークスチーム「スクーデリア・フェラーリ」を送り込んでいた。そしてF1の下位に当たるF2にも意欲を示していたのだ。


 67年シーズンから発行されるFIA新F2レギュレーションでは「連続した1年間に500台以上が生産された量産車エンジン」の使用が義務付けられることになった。

当時、スポーツプロトタイプの166Pや206SPなどに搭載されて非凡なパフォーマンスを発揮していたフェラーリのディーノV型6気筒エンジンは、その高性能から新F2でも活躍が期待されていた。

ところが、その時期には高価なV型12気筒モデルしかラインナップに持たず、年産700台レベルに過ぎなかったフェラーリの生産体制では、500台を新たにディーノのために増産させるのは不可能だったのだ。




 そこでエンツォ・フェラーリは、早世した息子の名を冠したエンジンをF2シリーズで走らせるため、一計を案じた。イタリア自動車界の盟主フィアットに援助を求め、ディーノV6エンジンを搭載する量産モデルの生産をオファーしたのだ。

こうして生まれたのがフィアット・ディーノである。


 まずは66年11月のトリノ・ショーにて、ピニンファリーナ製のグラマラスなボディを持つ、2シータースパイダーからデビューしたフィアット・ディーノは、生来の目的どおりフィアット工場で生産される総アルミ製65度V6.4カムシャフトのエンジンを搭載していた。

このディーノV6ユニットは、翌67年10月にフェラーリ初のミッドシップ市販車として誕生することになった「ディーノ206GT」と同じ1987ccの排気量が与えられていたが、20 ps低い160psまでデチューンされた。


 それでも、210km/hの最高速に代表される走行性能は、当時の2L級スポーツカーとしては、十分以上に優秀なもの。52〜54年にごく少数(114台説が濃厚)が製作された2LV型8気筒搭載車「8V」とともに、戦後フィアットでは数少ないスーパースポーツとなったのである。



FIATのエンブレムが誇らしげに輝く。



テールのスタイルは、丸形4灯のランプなど、フェラーリ版ディーノを連想させるもの。こちらも同時代のイタリアでは先進的だった。



シャシープレートにはFIATのロゴが入るが、エンジンナンバーの135ASがディーノV型6気筒であることを物語っている。


ノスタルジックヒーロー  vol.164 2014年 08月号(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)

text:Hiromi Takeda/武田公実 photo:Daijiro Kori/郡 大二郎

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