自動車史の偉大な変革者アウディ・クワトロ 2


 一方、モノコックは二代目アウディ80のクーペ版「アウディ・クーペ」と共用するが、前輪のストラット式サスは同じアウディの上級車「200」から流用。リアサスもアウディ200の前輪用を前後反転して使用した。またブレーキも「クーペ」の前ディスク/後ドラムに対して、前ベンチレーテッドディスク/後ディスクに変更。外観でも、拡大されたトレッドとワイドなタイヤに対応すべくフェンダーをブリスター形状とし、エアダム一体型バンパーとサイドスカートを装備。また、クーペでは後期型まで設定の無かった大型リアスポイラーも装着された。

 しかしこのクルマで最も注目すべきは、やはりドライブトレーンだろう。特に前後のデフとは別に、ロックも可能な機械式センターデフを設けるフルタイム4WDシステムは、それまでのクロスカントリー四駆たちとは一線を画していた。

 そして、この新機軸によって獲得した強大なトラクション性能は圧倒的なもので、81年シーズンからフル参戦したWRCでは、翌82年に製造者部門の世界タイトルを獲得。翌83年にはハンヌ・ミッコラにドライバー部門タイトルをもたらすなど、ラリー界に革命をもたらす原動力となったのである。

 91年に生産を終えるまでに、1万1452台がラインオフしたとされるアウディ・クワトロ。しかし、正規輸入がわずか86台に限られたこともあって、日本国内の生息数は極めて少ない。今回の取材させていただいたのは、その数少ない1台。3度のマナーチェンジが行われたクワトロの第二世代に当たる84年モデルである。

 その希少さゆえ、これまで触れる機会のなかったクワトロだが、撮影のための移動はまさしく感動的な体験となった。自分が歴史的傑作をドライブさせているという感慨だけに留まらず、同時代のポルシェを思わせる車体や操作系の剛性感。4輪でアスファルトを踏みしめていることが実感できる、ねっとりとしたハンドリング。そして、往年のWRCの記録動画で聴くのと同じ5気筒ターボの咆哮が高まると、同時に車体を押し出す加速感など、すべてが感涙モノなのである。



ハチマルヒーロー 2019年5月号 Vol.53(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)

text:Hiromi Takeda/武田公実 photo:Jyunichi Okumura/奥村純一

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