ハチマル時代に登場したクルマの中で、自動車史上最も偉大なモデルと言っても過言ではない! フィアット・パンダ 1


 ハチマル時代に登場した古今東西クルマの中で、自動車史上最も偉大なモデルは何か? という壮大な質問を受けることがあれば、筆者は迷いつつも「フィアット初代パンダ」と答えるだろう。第二次大戦終結後から作られた欧州のベーシックカー、たとえばVWビートルや初代ミニ、シトロエン2CV。あるいはパンダの祖先にあたるフィアット500などは、単に簡素なだけでなく輝くような独創性を持ち、それぞれの時代とお国柄を見事に体現。今なお世界中のファンに敬愛されている。パンダは、そんな素晴らしき時代の最後を飾る一台だからである。

 ハチマル時代突入直前の1979年11月に発表。翌80年2月から生産開始されたフィアット・パンダは、戦後イタリアの国民車となった500とその流れを組む126に代わって、フィアットのボトムレンジを担当することになったモデル。コストを徹底的に抑える一方、さまざまなアイデアを駆使して極めて魅力的なベーシックカーに仕立てられていた。外装では既にカーブドガラスが常識となっていた70年代末にあって、ウインドスクリーンを含めてすべて平面ガラスを採用。ボディも一切の曲面を排し、機能美さえ漂う平面パネルだけで構成した。

 一方インテリアも、特に最初期モデルの特徴であった取外し自由なハンモックシートと、そのデザインを応用したダッシュボード全幅にわたる大きな棚。左右に可動する灰皿など、実用的かつ魅力的なアイデアに満ちあふれるとともに、いかにもファッションの国イタリアらしい洒脱なテキスタイルを巧みに使用。決して高級ではないが極めてセンスに優れていたのだ。

 前輪を駆動するエンジンは、126用を拡大した縦置き空冷直列2気筒652ccと、こちらも127から流用された横置き水冷直列4気筒903ccの2本立てでスタート。86年からはフィアットの新世代エンジン、769ccから999ccに至る「FIRE」ユニットへとスイッチされる。またその後も、燃料噴射化や1108ccへの拡大などが随時行われていった。一方駆動系についても、83年以降には、オーストリアのシュタイア・プフ社製4WDシステムが与えられた「4×4」が追加されたほか、91年からは富士重工から供給されるECVTを組み合わせた「セレクタ」も設定された。

 ボディ/インテリアのデザインだけでなく、基本コンセプトの立案から深く関与したイタルデザイン社のジェルジエット・ジウジアーロは「現代のシトロエン2CV」を目指したといわれる。しかしフィアット・パンダは、もはやお手本とした2CVに勝るとも劣らない存在として認知。21世紀を迎えたのち、2002年11月をもって生産を終えるまで、長らく高い商品力と人気を保ち続けたのである。


フロント

リア

フロントグリル

エンブレム

ウインドー
すべての窓は、80 年代としても珍しい平面ガラスとされる。これはコストを下げるだけでなく、シンプルさを前面に押し出すことで当時の自動車デザインに一石を投じる、という目的もあったと言われている。ボディサイズの割に広い室内・荷室スペースは、スクエアなデザインのたまものといえよう。またボディ剛性と広い開口部を両立させるダブルサンルーフは、人気のオプションとなった。


掲載:ハチマルヒーロー 2015年5月号 Vol.29(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)

txet:Hiromi Takeda/武田公実 photo:Daijiro Kori/郡 大二郎

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