BBSジャパンが描く、ホイールの未来。|BBS_STORY_03

BBS_STORY_03 たとえば、BBSの場合―。ホイールの未来。

       
トップが変われば、会社は変わる。
2021年7月、北 秀孝がBBSジャパンの新社長に就任した。
産業・建設機械のトップメーカーである小松製作所で、己の技術と経営のノウハウを鍛えた北社長の手腕は、BBSジャパンにいかなる変化と進化をもたらすのか。
トップが見据えるBBSジャパンの未来に迫る。


interviewee

BBSジャパン株式会社 代表取締役 社長 北 秀孝

1955年、福井県生まれ。東京工業大学工学部・機械工学科を卒業後、小松製作所に入社。製品評価や販売促進などの業務を経験し、建機事業の営業とエンジニア部門を率いてきた。2018年に前田工繊の顧問に就任。2020年にはBBSジャパンの取締役副社長を経て、2021年7月から同社の代表取締役社長となる。建設機械業界で体得した経営論で、BBSジャパンをさらに飛躍させると意気込む。


 「時代は変わる。想いは変わらない。」BBSジャパンは自社の広告を使って、このように囁いている。その言葉を本当の意味で世に伝えるためには、まず自分たちが変わらなければならない。2021年7月1日付でBBSジャパンの代表取締役 社長に昇格した北 秀孝は、最初に取り組むべき課題を見つけ出していた。
「昔からBBSには揺るぎないブランド力があると思っています。我々の製品を見て“BBS”と社名で呼んでくださる。そういうブランドは世の中にそう多くはない。先人たちの弛まぬ努力の積み重ねの結果です」

 だからこそ社内の誰もが「ブランドを背負っている」という意識を持たなければならないという。決して過去を敬愛するだけではない。ブランドというものは、童話のようにドラマティックではないからだ。それは現実にある優れた技術であり信用力である。立ち止まるとすぐに見破られ廃れていく、儚いものでもある。
「我々は“BBS”のうえにあぐらをかいていたのではないか。汗水を垂らして歯を食いしばって働いて、ようやく結実させた昨日までの努力が、結果として世の中で認められてブランドになっていく。ブランドがあるからといって、作ればなんでも売れるというわけではない。考え方を逆転させてはいけない。我々は決して現状に安住せずに、いつ何時も、BBSブランドにふさわしい努力を続けなければなりません」
 過去の偉業に基づいて今のBBSがあるのだとしたら、その努力を少しでも怠ったら未来はないのだ。と、BBSジャパンで働くスタッフ全員を叱咤激励するような言葉だと思った。こういうトップなら、BBSはさらに飛躍するかもしれない。




 硬骨漢と評判の男である。北 秀孝は福井に生まれ、東京工業大学工学部・機械工学科を卒業した。学生時代は自動車部に入り、ラリー漬けの日々を送った。なけなしのお金をはたいて手に入れた愛車は、ボディや足まわり、デフ、エンジンまで、すべてを改造して楽しんだ。自分で手を汚して理解した自動車の構造は、授業よりもはるかに役に立つ、彼の原体験となった。

 卒業後はラリーを続けながらも、建設機械の最大手である小松製作所に入社する。まわりの多くが自動車メーカーなど“クルマ畑”へと進むなかで、誰よりもクルマ好きだった北はあえて別の進路を取った。
 「私のなかでクルマはあくまで趣味であって、仕事にはしたくないって気持ちを持っていました。それに自動車メーカーは、ずっとミッションだけを究める人とか、インテリア設計だけをする人とか、大量生産商品であるからこそ、その開発は狭いところに深く入っていくような仕事になる気がしました。建機ならば全体像を俯瞰できる。そこに大きなやりがいを感じたのです」

 当時の若者の多くがそうであったように自動車に恋い焦がれる人間ながら、こういう冷静な視点を忘れないところがいかにも北らしい。社会人になっても続けたラリーでは、時間と資金の限界を見据えてコ・ドライバー(ナビゲーター)に徹したところも、分別をわきまえている。

 実際、北が就いた職務は、事前の想像をはるかに上回るような「全体像を俯瞰する」ものだった。建設機械の性能テストをして評価をする仕事である。自動車の世界で言えばテストドライバーだ。彼はあらゆる試作車(建設機械)に乗り、現場で使うオペレーターと同じ操作をして、製品の良し悪しを見極め、設計部に戻してきた。現場の安心・安全が保証され、オペレーターが満足するような性能と機能を担保されているかをつぶさに見ていくのである。
 「百戦錬磨の設計部に対してダメ出しをするのだから、かなりの真剣勝負ですよ。私の評価軸は、人間の五感と、そして時間軸。モノの評価というのは、この6つに尽きると思います。時間軸というのは、機械で言えば応答性とかレスポンスという表現になります。この6つの評価軸を考えたとき、日本人は古来から感度がいいと思う。懐石料理を考えてみてください。あらゆる味付けの料理が出てくるだけではない。ときに器や盛り付けで楽しませ、香りで高揚させ、究極的には料理の出てくる時間までがコントロールされている。食事のスピードや場の空気に合わせて、いつ火を入れるべきか。板前さんと仲居さんとの連携で最適解へと導くのでしょう。西洋の一流コース料理であっても、一回の食事でここまで多彩かつ緻密な表現はないと思います」

 自分のなかで確固たる評価軸を持って挑んでも、決して独りよがりではいけない。その難しさもまた北は実感した。
 「私が捉えた改善点を、お客様も同じように感じるものなのか。机上の空論ではないのか。それを理解するため、実際の作業現場にもたくさん行きました。お客様にお叱りを受けながらご意見を聞き、私も必ず実際に動かしてみる。お客様と同じ感触を得ることができるまでは、ずっとそのご意見や製品と向き合い続けてきました」

 さらにユーザーは持ちうる不満を、いつも心象的な言葉として訴えてくる。しかし、実際の設計変更は図面を伴うものであり、その評価に起因する問題点がどこにあるのかを突き止めなければならない。6つの評価軸を使い、ユーザーから得たものを、図面上での改善点として設計部に戻す必要がある。「ここの動きが遅い、振動が出る」という言葉に対してその原因を究明し、「とある部品の寸法を何ミリ変更してほしい」という言葉に変換するのだ。結果として製品を知り、設計、生産の現場を知り、そしてユーザーを知る必要があった。次第に北は、すべての現場を網羅する、建設機械のスペシャリストになっていった。
 「設計の揚げ足を取る人ですよ。煩がられていた存在だったと思います。しかし、それは長い仕事人生のうえで私に宿ったアイデンティティです。この視点はBBSジャパンであっても続けていきたい」

 こうした過程を経て、物事を俯瞰する能力を身につけた北は、あらためて今度はBBSジャパンという会社自体をドライブし始めたのだ。しかもこれはテストドライブではない。激戦の極まるホイール業界をどう生き抜くか。真剣勝負の闘いだ。

 STORY_02でお伝えした通り、BBSジャパンはリ・ブランディングが始まった。若年層を中心により多くの幅広い層へ、BBSの製品とその製品力を知ってもらおうという取り組みだ。また、それと並行してモータースポーツへの挑戦にも、さらにスロットルを深く踏み込んだ。プロフェッショナルのトップカテゴリーから、初心者が最初に門を叩くような参加型モータースポーツにまで、幅広いサポート体制を敷く。
 肝心かなめの製品力アップにも余念がない。ここ数年で大規模な設備投資を実施し、生産力や品質に磨きをかけた。さらには、新たな感性を持ったデザイナーを投入したり、塗装表現に新機軸を盛り込むなど、あらゆる面からの進化を絶やさず続ける。先のモータースポーツ活動に関しても、そこからの技術的フィードバックが今後は市販品に活かされるようにもなるだろう。

 そのうえで彼にはフラットなものの見方がある。それは自動車業界ではない、異業種を生きてきた人間らしい意見だった。
「世界中で1年間に販売される自動車はおよそ1億台。つまり4億本のホイールが必要なんです。さらにモータースポーツを含めたアフターパーツや、あるいはウインタータイヤ用といった需要を考えると、その数はさらにふくらむ。そんな巨大市場を考えて、我々の実績と照らし合わせると、シェアなんて1%にも満たないことがわかります。だから、今、我々がシェアを論じる必要なんてまったくない。計算高くシェアとか効率論を議論するのではなく、ただ、がむしゃらにやるしかない」

 国内市場にどっぷり浸かっていると見えにくいが、世界を見渡せばまだBBS製ホイールが食い込める市場はごまんとあるという。欧州や北米だけに限らず、アジア、ロシア、中近東に中南米――。北は海外販売拠点への赴任歴も豊富な男だ。世界中の僻地を見て、固有の文化を体験した経験から、国際感覚にあふれている。その視点でBBSジャパンをみながら、“井の中の蛙”であってはならないと社内を諭す。

 そして、その先に浮かぶのはEVであり、自動運転化という第二のモータリゼーションだ。しかし北は決して、そこに悲観などしてはいなかった。まだ未開のマーケットがあることを前提とするのなら、BBS製ホイールが活かされるプレミアムマーケットは残るはずだし、そこに大きな可能性を秘めてもいる。むしろバッテリーや機能的付加物の追加による自動車の大型化、高重量化が避けられないのなら、世界最高峰の性能を持つBBSジャパンの型鍛造ホイールは、このうえない武器となり得る。
 「シティコミューターのような存在は、イン・ホイール・モーター化したり、自動運転化して、効率的なモビリティー社会になっていくと思います。動力源が次第にEVへとシフトしていくことも避けられないでしょう。しかし、操る楽しみを含めた自動車の魅力は、プレミアムセグメントを中心として、ずっと残っていくと考えます。それこそBBSが求められるところです」

 揺るぎない自信を感じさせるような言葉だった。クルマが大きく重くなることを想定して大径ホイールの拡充を進め、ヘビー級のクルマに対しての強度や剛性を満足させるホイール開発を進めている。しかし、それは型鍛造製法を武器とするBBSジャパンが、もともと得意としていたことだ。つまり風はこちらに吹いている。

「いつも社員に言っているんです。誇りと謙虚さを持ち合わせていなければならない、と。“誇り”とはイイモノを作っている、お客様に恵まれている、支えられているという自負を持つこと。“謙虚さ”とはブランド力に驕ることなく、常に自分たちの位置を冷静に見極めておくこと。ライバルを含めて世の中は常に動いている。ビジネスには安泰という言葉はない。そのための技術開発であり広告宣伝であるべきで、現状に立ち止まっていてはならない」
 いずれも理論と情熱とがうまくかみ合わさった具体的な提案である。決して理屈に偏していないのがいい。評価屋と称するだけあって、現場に生きた人間の真骨頂なのだろう。こんな男が舵を取り、今、あらためて新しいBBSが走り始めた。 (文中敬称略)



>>0と1の間に ある感触。BBSの真実。|BBS_STORY_01

>>変わらないために、変えていく。 トップ・ブランドの苦悩。 |BBS_STORY_02


初出:eS4 No.95(2022年1月号)

TEXT>>DAICHI NAKAMIGAWA(中三川大地) PHOTO>>NINA NAKAJIMA(中島仁菜)

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