【初代C30ローレルの軌跡 1】1968年3月登場! 発売50周年を機にハイオーナーセダンの歴史を振り返った原稿を収録

本誌ノスタルジックヒーロー2009年2月号(Vol.131)に登場していただいた、1969年式ローレル・デラックスB。オリジナルの姿を残す美しい個体。PHOTO : TADASHI TOMONO

       
ハイオーナーセダンを目指して日産自動車が開発、1968年3月に発表、翌4月に発売された初代ローレル。C30の型式名を持つこのセダンが2018年に発売50周年を迎え、その軌跡をノスタルジックヒーロー本誌で記録するために、日産ローレルC30クラブの野村充央さんに寄稿していただいた原稿を、Nosweb.jpでも7回に渡って連載する。

【 初代C30ローレルの軌跡 Vol.1】

 東京の下町のあちこちにいまだ都電が走っていた時代に、筆者は神田にあった親戚宅を訪れることがあった。耳を澄ますと都電の吊り掛けモーターのサウンドが聞こえる情景が、今も心の中によみがえってくる。そんな古きよき時代の東京の街並みに日産のハイオーナーカー「ローレル」は似合っていた。

 神田の衣料問屋を営む家の従兄が乗っていたのが初代C30ローレルであった。シボレーやキャデラックなどの派手なテールライトがあふれる夜の街並みを、アメ車に勝るとも劣らない6連灯のテールライトを持つローレルデラックスBは、デザイン面からも革新を図っていた。その後6連灯のデザインは、230セドリック/グロリアへと受け継がれ、豪華さを象徴するリアビューとして長く日本車のデザインに影響を与えた。また、片側3連灯を生かしたシーケンシャル・シグナル、いわゆる「流れるテール」も一時期ブームとなり、小学生向けの自転車にまで採用された。


NISSANブランドの先駆け

 長い日産自動車の歴史のなかにおいて、NISSANブランドが世界的に認知されるようになったのは、1980年代からのようである。もともとDATSUNとして築き上げられた日産の製品構成のうち、ごく一部の国内向け大型乗用車やトラック、バスに冠された車名がNISSANという位置付けであった。1937年より生産されたニッサン70型(ホイールベース2794mm、水冷直列6気筒サイドバルブエンジン、3670cc、85HP/3400rpm)が最初のNISSANブランドのクルマとなる。

 戦後は、オースチン車をノックダウン生産した経験を生かし、その流れをくむ純国産車として、1960年3月に発売された30セドリックにNISSANブランドが採用され、その原点となっている。

 その後、50セドリックスペシャル(1965年2月発売)、CSP311シルビア(1965年3月発売)、150プレジデント(1965年10月発売)、さらに日産自動車とプリンス自動車工業との合併直後にマイナーチェンジを行ったスカイラインS50‐2型にも、ニッサンプリンススカイラインの名称が使われた(1966年10月発売)。

 そしてC30ローレルは、1968年4月に発売された。DATSUNブルーバードの成功の流れに乗り、全く新しい日産の乗用車として企画を開始されたのが、新中型乗用車「㊥(マルチュウ)」。後のC30車であった。510は、DATSUNであったが、C30は、ハイオーナーカーという新しいジャンルのクルマとしてNISSANを冠し、ブルーバードとの車格の違いを表した。その後、発売となる日産の新型車の名称にはすべてNISSANを冠し、届け出車名(車検証記載車名)も、「ニッサン」に統一された。


>> 【画像28枚】ワイパーアームが対向リンク式、通称ケンカワイパーとなっているのが見分けるポイントとなる最初期モデルなど



本誌2009年2月号(Vol.131)に登場していただいた、1969年式ローレル・デラックスB。オリジナルの姿を残す美しい個体。photo : TADASHI TOMONO




【2】に続く

初出:ノスタルジックヒーロー 2018年6月号 vol.187
(記事中の内容は掲載当時のものを主とし、一部加筆したものです)

初代C30ローレルの軌跡(全7記事)


関連記事:ローレル

text : MITSUOU NOMURA/野村充央 協力 : 全日本ダットサン会歴史研究部 資料提供 : 日産ローレルC30クラブ、野村充央

RECOMMENDED

RELATED

RANKING