アメリカに渡ることはなかったツインカム前提のGTV【1】「兄は、僕が8歳の時にはもうセリカのパーツを集め始めていました」|1974年式 トヨタ セリカ|ニッポン旧車の楽しみ方 第38回

オーナーのエモン・フランシスコさん(左)はクルマに対する思いをやや遠慮がちに、しかし力強く語る。言葉になりきれない独自の世界観も伝わってきた。軽やかな口調で次々とエピソードを紹介してくれたのは弟のフェルディナンドさん(右)。「テールランプのレンズを手で磨くように兄に言われたとき、機械を使ってやろうとしたら見事に割れ散った。予備の部品を持っていたからよかったけど」と真顔で失敗談を紹介してくれた

       
アメリカに渡ることはなかったツインカム前提のGTV

1970年12月に日本でデビューしたトヨタ・セリカは、グレードや外装や内装の仕様を自分で選択できる「フルチョイスシステム」を初めて採用。スペシャルティーカーという言葉を広めた画期的なクルマだった。北米へも輸出されたが、DOHCエンジン搭載モデルの設定はなかった。今回の取材車両のオーナーは、セリカ+DOHCエンジンの組み合わせにあこがれて、自分が考え抜いたこだわりの仕様でその1台を再現したのだった。

【 ニッポン旧車の楽しみ方 第38回|1974年式 トヨタ セリカ Vol.1】

 GTV。グランドツアラーを名乗りながらも、勝利する使命を帯びたコンペティションモデル。トヨタ・セリカの中でも特別の思いが込められたグレードである。

「GTVというトリムレベルを造ろうと考えたのは、アメリカ仕様のGTとも違っているし、そもそもGTVなんて誰も見たことがなかったからです」

 オーナーのエモン・フランシスコさんが動機を語った。8年の年月をかけたレストアは細部に至るまで完ぺきだ。

 クルマ本来の外観を再現しながらも高次元の走りを実現するという独自のレストアコンセプトを持つフランシスコさん。クルマに親しんだのは物心すらつかない子供のころだった。生まれ故郷のフィリピンでは年上のクルマ好きのいとこたちに囲まれて育ち、身の周りには常にクルマがあった。

「兄は、僕が8歳の時にはもうセリカのパーツを集め始めていました」

 弟のフェルディナンド・フランシスコさんが言うとエモンさんが続けた。


>>【画像13枚】「初めてフリーウェイを走るのを見た!」と驚きの言葉を発した弟のフェルディナンドさんなど。ワタナベのホイールにアドバンA032Rのタイヤで固めた足元は、見るからにアグレッシブだ


「弟はセリカがどんなクルマか知らず、ただの古臭いジャンク車だろうと思っていたみたいです。当時私はボロボロの1969年式トヨペット・コロナマークⅡに乗っていたんですが、それで弟を学校まで迎えに行くと弟はそのクルマが嫌で、クルマに乗らずに一人で歩いて帰っていたくらいだから」

 フィリピンではどんなクルマでも速く走るための改造が盛んだという。

「ドラッグレースと呼ぶゼロヨンをやるんです。みんなの趣味です、昔から。ツテを通じておまわりさんに頼んで、夜中に道路を封鎖してもらって、その道路で思い切り競走する」

 今ではインターネットで動画も配信されている。時にはオッズがついたりして盛り上がるし、改造テクニックのまねをされないためにもオーナーや改造メカニックは隠れたままで運転手だけが会場に姿を見せたりと、趣味といえども遊び方は複雑なようだ。

「外見は速くないように見せかけて相手を油断させたりもします。私が造ったクルマは平凡な見かけからは想像できないくらい速かったので、仲間から『スナイパー』と呼ばれたこともありました。見た目の同じクルマを2台用意して予選では遅いほうを、本選では速いほうを走らせるというトリックを使う人もいるくらいです」

 子供時代の思い出、若い時分の経験に基づいたフランシスコさんのクルマ造り。トヨタ旧車への熱い思いが、純正GTVと呼ぶにふさわしい1台を、このアメリカの地で完成させた。



すべてのレストア作業を終えたセリカは、現在はガレージ内の一角にその車体を収めていた。レストア中にはガレージを独占し、家族の誰もを立ち入り禁止にしたのはパーツの破損や損失を防ぐためだったという。「パーツ探しは友人のジョーン・ロラルガとミッコ・デアルカが、車体の組み立てはキコ・イバサンとサーフ・パサングが手伝ってくれた」と、フランシスコさんは感謝の意を伝えたい旨を述べた。





フェアフィールド市の外れまで行くとそこには広い緑が広がっていた。白いダルマセリカのふくよかなボディラインは、カリフォルニアの青い空の下の自然の風景にすんなりと溶け込む。クルマを快適に走らせる環境がすぐ近くにあるのは、うらやましい限りだ。





給油に立ち寄ったガソリンスタンドで今どきのクルマに交じると、セリカの車体の小ささが際立った。ガソリンの滴がたれないようにと、フランシスコさんは給油直後にノズルに手を添えていた。



【2】 に続く

初出:ノスタルジックヒーロー 2017年8月号 Vol.182
(記事中の内容は掲載当時のものを主とし、一部加筆したものです)

ニッポン旧車の楽しみ方 第38回|1974年式 トヨタ セリカ(全3記事)

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text & photo : HISASHI MASUI/増井久志

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