パオ、R32 GT-R、セルシオ、インフィニディQ45、ロードスター|週刊|昭和から平成への移り変わりは名車豊作の時代だった|ニッポン1989年 Vol.2

社会現象を巻き起こすほどのヒット作となった初代シーマ。セド/グロをベースとしながら、シンプルかつ優雅なスタイリングの3ナンバーボディや豪華なインテリア、圧倒的なパワーで人々を魅了した。人気のわりに販売期間は比較的短く、約3年半のモデルライフだった。

       
平成のトップを飾った記念すべき新車は、日産のパオだ。

パオはBe‐1に続く日産のパイクカー第2弾で、発表されるや予約が殺到。

ちなみに第3弾のフィガロは秋の東京モーターショーに参考出品され、91年に市販に移された。

2万台の限定販売だったが、これもアッと言う間に完売となっている。

関連記事:スーパースポーツ、4WDターボワゴン、3ローター、GPSナビ|週刊|日本車のビンテージイヤーである89年と90年を振り返る|ニッポン1989年 Vol.3

901活動によってクルマ作りの革新を行った日産は、その後も積極的に新車を送り込んだ。

その筆頭が5月にモデルチェンジした8代目のスカイラインだ。

デザインだけでなくメカニズムまでも一新し、8月にはアテーサE‐TSや2.6Lツインターボで武装した平成のGT‐Rを送り出した。

また、フェアレディZも4代目のZ32になる。

この2台のスポーツモデルは、登場から30年後の今も大人気だ。



 トヨタも負けていない。

積極的に新世代ツインカムを開発し、サスペンションも大きく進化させたトヨタは、エレクトロニクス技術にも磨きをかけた。

税制改革によりビッグカーの時代が到来すると考えたトヨタは、世界に通用するプレミアムセダンの開発に乗り出し、10月にセルシオを市場に放っている。

クラウンの上に位置する高級車で、海外ではレクサスの頂点、LS400を名乗った。

「源流対策」と「技術革新」に力を注ぎ、走りの実力だけでなく快適性も世界レベルを大きく超えた。



 この最上級車市場では、日産も同様にインフィニティブランドを立ち上げ、その旗艦としてQ45を市場に放った。

また、マツダもアマティプロジェクトを発足させ、V型12気筒エンジンを積むアマティ1000の販売を模索。

だが、残念ながらバブル景気の失速によりお蔵入りとなった。

その一方でマツダは、後世に語り継がれる名車を生み出した。

オープン2シーターFRスポーツのロードスターだ。

翌90年には市販車唯一の3ローターREのユーノスコスモも市販に移している。





GMとの共同開発で誕生した世界戦略車カルタスも、2代目にモデルチェンジ。

ウエッジシェイプのきいたスタイリングは、大きく湾曲したリアビューが斬新。

ホットモデルのGT-iは、モータースポーツでも活躍した。





「くうねるあそぶ。」のキャッチコピーが話題を読んだセフィーロ。

兄弟車のR31スカイラインやC33ローレルとは異なるキャラクターで、「セフィーロ・コーディネーション」と呼ばれる斬新な販売方法が注目を集めた。




物品税に代わって導入された消費税。

現在は10%だが、税率3%として初めて導入されたのが89年4月1日だった。

その後は97年に5%、2014年に8%に引き上げられたのはご存じのとおり。



ハチマルヒーロー 2019年 05月号 vol.53(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)

text : Hideaki Kataoka/片岡英明

RECOMMENDED

RELATED

RANKING