240Zと300ZX、そして……「ダットサンに囲まれた」ガレージで|アメリカ発! ニッポン旧車の楽しみ方|240Zを愛する自動車史研究家 Vol.2

240Zのアメリカでの成功を頂点に、ここからバンクスさんの歴史への興味は、自国メーカーの凋落へと向かう。

「デトロイト(アメリカの自動車メーカー、ビッグスリーのこと)は、イギリス自動車産業の凋落と共通する部分が多い。違うのは、日本のメーカーからクルマ造りを学ぶ機会が何度かあったことです。しかし、デトロイトはその機会を全く活用しなかった」

 デトロイトは、どういうクルマ造りをすればよかったのか。

「70年代以降、アメリカ人はみんな忙しくなりました。女性の教育レベルも上がり、共働きが増えるようになって、買い物や子供の送り迎えなどの毎日を分刻みでやりこなすには、壊れるようなクルマなんかには乗っていられなかったのです」

 70年代に盛んになった政府主導の排ガス規制や安全対策に政治的抵抗をしつつ、デトロイトが独自の方法でクルマの改善に励むスピードでは、日本車やヨーロッパ車の安全に対する真剣さにははるか及ばず、その間に日本車は着々と安全性と信頼性を向上していった。70年代末になって輸出規制がかけられれば、80年代には現地生産にも乗り出し、アメリカの労働力の開拓とその調和を図った。90年代になって自動車メーカーの国際的な提携が進むと、今度はアメリカのクルマ造りの技術が国外へ出ていってしまい、これからの将来にデトロイトが立ち直れるのか、バンクスさんは心配になるのだという。

 ヒストリアンとしてのバンクスさんの知識は幅が広く奥が深く、自動車産業から将来のアメリカ国家に対する不安にまで、バンクスさんの話は及んだ。

「こういう話は、ふだん私はなかなかしないんですよ」

 コレクションの品々やポスターの飾られた、まさに「ダットサンに囲まれた」ガレージで熱心に語ってくれたバンクスさんは、そう言って話を終えた。




ガレージ内に備え付けられた棚にはコレクションの品々が、壁には額に入ったポスターが所狭しと並んでいた。カーライルのショーで手に入れたピート・ブロックさんのサイン入り240Zモデルがこの日、コレクションに加わった。


個人所有とは思えないほど、豪華で広いガレージ。アンドレアさんのアコードも合わせて、4台が悠々と収まる。壁にはポスターやコレクションが隙間なくずらりと並び、飾りきれない分は棚や箱にしまってあった。車庫としてのガレージとはまた一風違った、夢のガレージと呼びたくなるような空間だ。

もう1台のダットサン車

 そのガレージには240Zと300ZXに加えて、希少なダットサン製のファイアートラック(ダットサン消防ポンプ自動車、1938年式)も並ぶ。

 この車両を43年間所有していたアメリカ人の前オーナーによれば、日本滞在中に見つけてレストアしたものを、帰国する際にアメリカに持ち込んだとのこと。それを2005年に引き取って、そこから始まったバンクスさんの新たな歴史調査に基づいて、今の状態にまで細部を修繕した。バンクスさんにとってこの車両は、戦前のダットサンの活動の証拠ともいうべき貴重な車両だ。入手後の活動を逐一前オーナーにも報告し、今でもこのファイアートラックに関する情報を共有している。


38年式ダットサン・ファイアートラック(消防ポンプ自動車)。当時ダットサンは同一のシャシー(38年からは17T型)を使い、乗用車や商用車などそれぞれの車体を用途に応じて架装していた。消防車はその中で特殊車両という扱いだったようだ。現在手に入る資料から知り得る限り部品を正確に作り、確認できる範囲で可能な限りオリジナルの形に再現した。


片山豊さんやドン・ゴーハムさん(20年代にニッサンのエンジニアだったウィリアム・ゴーハムさんの子息)の直筆サインが並ぶファイアートラックのダッシュボードは完全な金属製。唯一木製のハンドルだけはオリジナルを再現した物ではないそうだが、当時の写真にあるもとのよく似ているように見えた。



オリジナルと同型の722cc、水冷直列4気筒エンジンは15psを発生し、3速MTと組み合わされる。当時の資料によると最大放水能力は毎分800ℓ、射程は40m。戦前のダットサン・ファイアートラックが、放水用のポンプまで含めて動体状態で保存されているのは、世界にこの1台だけのようだ。


 イリノイ州出身のバンクスさんは、若いときにはローカル線の旅客プロペラ機のパイロットだった。友人の勧めもあってその後国家公務員となって、現在までそのキャリアを続けている。夢のガレージのある自宅から職場までの通勤は、駅までクルマ、そこから電車に揺られての2時間という、なんだか郊外から都心へ通う日本の通勤事情を想像してしまうような、そんな毎日だ。

 そろそろ定年退職も視野に入ってきたというバンクスさん。平日は仕事と通勤とで時間が取れないため、ZCCAヒストリアンとしての活動は、週末に限られてしまう。研究資料の整理やポスターの郵送作業をしたり、またイベントへもできるだけ足を運び、コレクションの一部を寄付したりしている。

「定年になって時間ができたら、まだ読んでいない資料なんかの整理をしたいですね」



カーライルのショーにはクラブの境界なくZオーナーが参加していた。夕方になりショーも終わりに近づくと、MDZC会長のマーク・ランバートさん(左)の呼びかけで合同ミーティングが行われた。そこでバンクスさんはラッフルの景品用にコレクション2点を寄付、そのコレクション品の歴史的価値を説明する姿が印象に残った。説明する言葉に力が入るのは研究知識による裏付けと、何よりもダットサンに対する熱意のためであろう。



バンクスさんと奥さんのアンドレアさん(右)と家族ぐるみの付き合いのベス・ブラウンさん(左)。350ZXでレースを楽しむというブラウンさんはアンドレアさんの幼なじみで、Zのイベントを通じてバンクスさんに紹介し、2人の恋のキューピッド役を担った。そしてバンクスさんたちが授かったアンナちゃんは今3歳。

 目の前のベランダでシャボン玉遊びをしていた娘のアンナちゃんに目を細めて遠くない未来を語ったバンクスさんは、公の役目を終える人生の一面と、これからもっと活躍するであろうZカーファンとしての一面が、気持ちの中で複雑に入り混じっているようだった。


掲載:ノスタルジックヒーロー 2012年10月号 Vol.153(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)

text & photo:Masui Hisashi/増井久志

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