旭硝子AGCオートモーティブに訊いてみたクルマとは切っても切れない、というより今やその一部として欠かせないアイテムであるガラス。
この自動車用ガラスもクルマとともに進化し、次々と新たなテクノロジーが投入されてきた。
今回はそのルーツを探りつつ、自動車用ガラスの最新事情まで追ってみることにしよう。
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その旭硝子が自動車用ガラスを本格的に手がけたのは1956年と、国産車第1号の初代トヨタ・クラウンが世に出た翌年のことだ。
国産車とほぼ同じ歴史を有するわけだが、ガラスそのものの製作に関してはさらに時代をさかのぼり、1909年(明治42年)には日本で初めて板ガラスの生産を始めている(旭硝子の創業は1907年)。
そして38年には早くも強化ガラス、合わせガラスの製造を開始するなど、戦前から高い技術力を持っていたことになる。
1907年(明治40年)、板ガラスを国内製造するため、兵庫県尼崎市に創立された旭硝子。写真は創立間もない頃の旭硝子。100年を超す国内板ガラス産業の幕開けだった。
現在、板ガラスは自動車用に限らず「フロート法」という工法で生産されている。
これは、溶解させた金属のスズ(錫)の上に、水アメ状に溶けたガラスを「浮かす」ように均一に流しこんでフラットな板ガラスを作り上げる技術で、旭硝子は66年にこの製法を実用化している。
さまざまな種類のある最新の自動車用ガラスも、そのベースとなる板ガラスはすべてこの製法で作られている。
ベルギー式手吹き法により窓ガラスの製造を開始した当時の様子。日本で初めて板ガラスの製造に成功。ガラスの筒を作り、それを切って広げ、板ガラスにしていた。
「自動車ガラスというのは、まず車外の景色が歪まないで普通に見えるというのが第一条件であり、その当たり前のことをクリアするのが意外と難しいんです。
それだけでなく、外側に映りこんだ景色の歪みにも気をつけながら作っているんです」
旭硝子AGCオートモーティブ・新商品企画室長の宮川博行さんはこう語るが、やはりガラスの中でも自動車用はハードルが高いということか?
「1960年代のモータリゼーションの高まりとともにクルマのデザインも多様化し、曲面ガラスの採用が増えていきます。
さらにフロントガラスの傾斜角が大きくなり、左右に回り込んだようなデザインも出てきますが、その状態で歪みのない視界を確保するのは簡単ではないんですね。
ガラスを曲げること自体は難しくないのですが、歪みを最小限に抑えるには高い技術が必要になります。
今はコンピューターのシミュレーションで生産前からチェックできるようになりましたが、以前はなかなか大変だったようです」
普段、あまり気に留めることのないガラス。その開発の難しさや奥深さをていねいに説明してくれたAGC(旭硝子)オートモーティブ新商品企画室室長(取材当時)の宮川博行さん。
自動車用ガラスには年々厳しくなる保安基準というハードルもある。
さかのぼるとフロントガラスへの安全ガラスの装着が義務化されたのは58年のことで、69年には万一ガラスが割れたときも運転者の視界が確保できる部分強化ガラスの採用が義務づけられる。
そして73年にはすべてのガラスを安全ガラスとしなければならなくなり、85年にはフロントガラスは合わせガラスの装着が義務化される(87年3月生産以降の乗用車および87年9月生産以降のトラック/バスに適用)。
その結果、事故時の安全性は大きく進化する。
「それだけ要求の高い自動車用ガラスですので、開発にはやはり時間がかかります。
生産のための設備開発なども考えなければなりません。
もちろん自動車メーカーさんと意見交換などをしながら開発を進めますが、ガラスの形状やパフォーマンスに関しては、われわれに期待される役割は大きくなりますね」
そのガラスのパフォーマンス(性能)だが、まず一番オーソドックスなのが「強化ガラス」だろう。
85年の義務化以前も、スポーティーカーや高級車はフロントガラスに合わせガラスを標準装着していたが、多くのクルマはまだ強化ガラスだった。
「強化ガラスというのは普通の板ガラスを炉で680〜700℃に熱し、それにエアを吹きつけて急冷して作ります。
急に冷やすことでガラス表面に圧縮応力が生じて、強度自体は3〜5倍に高められます。
また、割れたときはその応力がかかったものが一気に破壊するので、全面が割れて細かい破片になると同時に、破断面があまり鋭くならない特性もあります」
事故などで強化ガラスが割れると細かい粒状の破片となるが、その破断面も普通のガラスのように触っただけで手が切れるような鋭さはない。
その特性が乗員へのダメージ軽減にも貢献するわけだ。
1966年、きわめて平らな表面のガラスができるというフロート板ガラスの製造を開始した。
溶かしたスズの上に溶けたガラスを流し、板状にして、そのまま固めるという製造方法。
一方、合わせガラスは2枚の板ガラスの間に特殊な樹脂中間膜(ポリビニール・ブチラール)をはさみ、圧着したもので、飛来物が貫通しにくく、割れたときも飛び散らない性質を持つ。
また、人為的に割ったり、切ったりしにくいため防犯効果も高く、サイドガラスに採用してセキュリティー向上を図ることもできる。
1970年代からは自動車用ガラスにもさまざまな機能が付加されるようになり、リアウインドーには曇り取りの熱線だけでなく、ガラスアンテナも装着されるようになる。
「ガラスに金属をプリントして電波を受けるのですが、難しいのはそのパターンの決定なんですね。
いかに性能良く受信できるパターンを編み出すかが重要なのですが、そのために独自の『電波暗室』(電波の反射のない施設)でテストを重ねていきます。
最近ではラジオだけでなくTVや地上デジタル波に加えキーレスシステムの電波にも対応しなければならず、その役割はさらに増える傾向にあります」
オーディオメーカーや自動車メーカーにはあっても不思議ではない電波暗室だが、それがガラスメーカーにもあるとは知らなかった。
このガラスアンテナに関するノウハウも今や欠かせない要素となっている。
運転者や同乗者の視界を歪みなく確保し、万一のときの安全性も確保することが第一条件の自動車用ガラスだが、その役割はさらに多様化している。
複雑になるボディスタイルに対応して空力性能の向上に貢献し、外からの電波情報の入り口となり、さらに紫外線(UV)や赤外線の侵入を防いでエアコンの効率を高めることも要求される。
一方で車内の静粛性を高めるために遮音性能を高め、雨の日の視界確保のための撥水性能などの付加価値も必要となり、ガラスへの要求は増える一方だ。
さまざまな要求に応えるため、旭硝子は自動車用ガラスだけでも多くの高機能ガラスを製品化している。
さらに自動車メーカーへの提案も行い、もはや自動車の開発の一端を担っているといっても過言ではないだろう。
安全性や快適性に加えて情報通信の入り口、環境性能まで守備範囲を広げてきた自動車ガラス。
その役割はますます重要になっていくはずだ。
掲載:ノスタルジックヒーロー 2009年4月号 Vol.132(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)