〈1〉練習中に炎上した1台がスピードトライアル車に|3つの世界記録と13の国際記録を樹立した トヨタ2000GTスピードトライアル Vol.1

スピードトライアル車は、66年5月3日に富士スピードウェイで開催された「第3回日本グランプリ」用に、試作車の280AⅠ型の1号車をレース仕様に改造したものを、さらにスピードトライアル車に改造。ノスタルジック2デイズの会場に展示した「トヨタ2000GTスピードトライアル仕様」は、アメリカのキャロル・シェルビー・レーシングに送られた3台のMF10前期型SCCAレースカーの1台。トヨタ博物館オープン時の目玉として、アメリカから持ち帰ってスピードトライアル仕様に複製したもの。ちなみに、フロントウインカーの形状がオ


 トヨタ2000GTは、発売前からサーキットやテストコースを積極的に走って熟成を重ね、欠点を洗い流してから市販に移された。
プロジェクトリーダーの河野二郎は、発売までの間、チームトヨタを率いてレース活動を行い、耐久性、信頼性を高めている。

 トヨタ2000GTの開発プロジェクトにおいて、人々にもっとも強い印象を残したのは、日本車としては初となる「スピードトライアル」への挑戦だろう。正式発売に向けた、最後の試練で、卒業試験といえるものだった。このスピードトライアルは、1966年10月1日から4日間行われている。

トヨタ2000GT スピードトライアル

 FIA(国際自動車連盟)から公認が下りた茨城県谷田部町の日本自動車高速試験場には全長5.5kmバンク付きオーバルコースがある。ここを昼夜走り続け、Eクラス(1.6L~2L)の国際記録に加え、排気量分けのない無差別級の世界記録に挑んだ。

 テストを繰り返しての本番でも、何度かの危機があったが無事に乗り越え、走り続けたトヨタ2000GTは、3つの世界記録と13の国際記録を更新している。

 このスピードトライアルに使用したのは、スチールボディをまとった試作第1号車だった。ステアリングを握ったチームトヨタのキャプテン、細谷四方洋はノスタルジック2デイズで、「試作第1号車は、福沢幸雄君が乗って第3回日本グランプリに出場する予定だったクルマです。でも、練習中に炎上してしまいました。ほったらかしにしてあったので、もったいないと思い、ボディなどを修復してスピードトライアル仕様にしたんです。3M型直列6気筒DOHCエンジンもパワーアップしています」と語っている。

トヨタ2000GT エンジン

 だが、残念ながら栄光のスピードトライアルに使用した実車は残されていない。そこでトヨタ博物館の設立計画が持ち上がったのを機に、展示用にレプリカを製作することになった。監修から陣頭指揮を執ったのは、スピードトライアルに使うマシンの製作にも深くかかわった細谷四方洋だ。

 ベース車は、アメリカでレースをしていたキャロル・シェルビーのところにあったレース仕様のリザーブカーが選ばれた。かなりひどい状態で里帰りしたが、これをスピードトライアル仕様に仕上げている。製作を手がけたのは、トヨタ博物館の展示車両のレストアも手掛けている愛知の新明工業だ。

 アメリカに送られたレース仕様(MF10)とスピードトライアル車(試作車280AI型)とではボディラインが異なるため、忠実に再現するのは難しい。ドア形状やフェンダーのボリューム、フロントウインカーやリアランプまわりのデザインなど、部分的に異なっているが、仔細にチェックしなければ分からないほど違いはわずかだ。

トヨタ2000GT タイヤ ホイール
 タイヤはグッドイヤーが、特別に当時のブルーストリークを製作。ホイールはシェルビー・レーシングのマグネシウム製で、これも腐食部分を丁寧に処理して塗装をし直している。

 トヨタ2000GT インテリア
 インテリアは、ベース車がレース仕様だったことから、これに手を加えて実車に近づけた。量産の2000GTと比べるとスパルタンムードだ。スミス製のメーターやホイヤー製のストップウオッチなど、当時モノへのこだわりが見られる。
リアのラゲッジルームに収められている大容量のガソリンタンクも忠実に再現された。完成度は一級のレプリカといえるだろう。


COOPERATION : TOYOTA AUTOMOBILE MUSEUM/トヨタ博物館


掲載:ノスタルジックヒーロー 2012年6月号 Vol.151(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)

text:Hideaki Kataoka/片岡英明 photo:Isao Yatsui/谷井 功

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