アメリカに渡ることはなかったツインカム前提のGTV【3】フェンダーミラーの穴の場所を写した型紙をフィリピンから持ち帰る|1974年式 トヨタ セリカ|ニッポン旧車の楽しみ方

カリフォルニア州フェアフィールド市のフランシスコさんの自宅。3台分のガレージにはセリカの他に、1998年式三菱ランサーエボリューションVと、同じく1998年式スバル・インプレッサSTi GC8が収まっていた。「両車が競っていた時代だからこそ、どうしても2台とも揃えたかった」とは弟フェルディナンドさんの言葉。にこやかな奥さまのジョイさんはクルマへの口出しはしないそうだ。セリカがお気に入りの長女のダニカちゃんはレースドライバー、ダニカ・パトリックから名前をとったという

       
アメリカに渡ることはなかったツインカム前提のGTV

1970年12月に日本でデビューしたトヨタ・セリカは、グレードや外装や内装の仕様を自分で選択できる「フルチョイスシステム」を初めて採用。スペシャルティーカーという言葉を広めた画期的なクルマだった。北米へも輸出されたが、DOHCエンジン搭載モデルの設定はなかった。今回の取材車両のオーナーは、セリカ+DOHCエンジンの組み合わせにあこがれて、自分が考え抜いたこだわりの仕様でその1台を再現したのだった。

【 ニッポン旧車の楽しみ方 第38回|1974年式 トヨタ セリカ Vol.3】

【2】から続く

 当時フィアンセだったジョイさんの暮らしていたアメリカへ、結婚を機に移住して来たのが17年前。現在フランシスコさんは看護師としてサンフランシスコ市内の総合病院へ勤務。フェルディナンドさんも同じく看護師として大学病院に勤務する。

「不規則な勤務時間ですが、むしろクルマに時間を使える週末が長くとれる」

 これまでにハチロクやMR2のハチマル車をレストアし、あこがれ続けたセリカでついに70年代旧車に踏み込んだ。今は1974年式カローラクーペが2台、レストアを待っているという。人と話すことを好まず、あまりコミュニケーションも取らない。

「ドンガラから1台仕上げるつもりだって人にしゃべったとするでしょ。で、たとえそれが知人であっても、事情も知らず『そんな大仕事できるわけないよ』とか言われたりするのが嫌だから」

 人は知らないのだ。病院勤務をこなしながらフランシスコさんは2年間自動車整備学校へ通い、レストア技術を身につけた。職探しする同級卒業生をよそに、自分のためのショップ「エモンガレージ」をスタート。そこでセリカのレストアに取り組み始めた。

 ベース車を分解、ドンガラのサンドブラストの後には、パーツにこびりついた汚れをひたすら手で落として磨き、仕上げはネジの1つに至るまで日本製パーツで揃えた。グリルに輝く新品の「GTV」のバッジはネットオークションで競り合った末になんと900ドル(約10万円)で落札した代物。

「中古のバッジを持っていたんだけど、きれいになったグリルに付けてみたら、あまりにもみすぼらしくて。どうしても新品を手に入れたかった」

 クルマの予算は家計費とはきっちり分けています、と断言する。フェルディナンドさんが語る。

「フェンダーミラーをつけるときに兄は一度フィリピンに帰国したんです。『穴あけの練習』をするためにです。アメリカにはドアミラーモデルしかないから、フェンダーミラーの穴の場所を写した型紙をフィリピンから持ち帰り、それを使ってこのGTVのフェンダーの穴あけをした」


>>【画像13枚】1974年式トヨタ・セリカ。RA21系のベース車にツインカム18R-G型ユニットを搭載し、強固な足回りを与えられたこの個体は、アメリカへは輸入されることのなかったGTVを名乗ることをはばからない


 母国には今も親戚がいるし、置いたままにしてあるクルマもある。機会を見つけては一時帰国している。
 雑誌に載せてもらうのが今の目標、とフランシスコさんは心境を語る。

「ショーなどで他人の好みで仕上げたクルマと賞を競い合うのには興味がない。ほめてもらうのはうれしいけど、自慢したいわけではないんです」

 オリジナルの美しさを損なわず自分の思い描いたクルマを造り出す。情熱と確かなレストア技術のなせる業。トヨタ一筋に接してきたフランシスコさんが実現させたアメリカ版セリカGTVは、歴史がもし少し違っていたらきっと存在したであろうと思わせるクルマだった。



車内をのぞき込むと、息をのむようなその神聖な雰囲気に言葉さえ失ってしまう。サベルト製4点式のシートベルトを指し示し「売りに出ていた中古のホンダCR-Xにこのベルトが装着されていたのに気づいたんです。だからクルマごと買ってシートベルトを取り外してこのセリカにつけました」とフェルディナンドさんが説明した。





未使用の車載工具セットも手に入れることができた。「持ち主はオーストラリアの1974年式セリカSTのオリジナルオーナーの息子だという人でした。このGTVの写真を見せたら完成度の高さにいたく感心してくれて、譲ってくれることに。ただし条件があって、雑誌に載ることがあったらその時には写真を送るということになっています」とフランシスコさんが笑いながら言った。





存在のあかしの1つ、エモンガレージのステッカーも作った。自分のクルマだけのためのショップ。コツコツと、弟と2人で息の合った作業を地道に続ける。それがフランシスコさんのクルマとの向き合い方だ。



ニッポン旧車の楽しみ方 第38回|1974年式 トヨタ セリカ(全3記事)

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 【1】【2】から続く

text & photo : HISASHI MASUI/増井久志

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