プリンスと日産|歴代スカイラインを追う|初代から3代目のオーナーカー6台を紹介

初代から3代目のオーナーカー6台を紹介。

       
【プリンスと日産】

スカイラインは日本のクルマ好きにとって、特別なブランドであることは間違いない。
1957年4月、富士精密工業のセダンとして初代プリンス・スカイラインがデビュー。
61年2月に社名をプリンス自動車工業に変更した後は、名実ともにプリンスの屋台骨を支える
主力モデルとして進化していく。2代目S 50系時代の1966年8月には、プリンスと日産自動車が合併。
日産スカイラインとして3代目C 10系、4代目C110系、そして5代目C210系と、
それぞれ個性的なモデルが次々に登場。スカイライン物語は現在13代目となっている。


R21A-1
今なお魅了されるクーペシルエット
PRINCE SKYLINE SPORT COUPE
[1962年式 プリンス スカイライン スポーツ・クーペ ]



 イタリアに送られたシャシーをベースにミケロッティがプロトタイプをデザイン。ボディの製作はカロッツェリア・アレマーノが担当した。完成したクーペとコンバーティブルの2台のプロトタイプは、1960年11月に開催された第42回トリノショーで初披露され、現地イタリアのみならず欧州でも大きな話題となった。海外デザイナーにデザインを依頼する手法の先駆けとなったわけで、これに続く日本メーカーが後に何社も出てくることになる。



ALSIEL-1
日本に里帰りした左ハンドルの初代
PRINCE SKYLINE
[1959年式 プリンス スカイライン1500 ]



 1957年4月にデビューした初代スカイラインの車両型式がALSIであることは、本誌読者の中にもご存じの方が多いと思う。Aはエンジン排気量が1.5Lであることを表し、Lは使用するシャシーのコード、Sは乗用車を表し、I(欧文のアイ)は乗用車として発売された順番を表している。



S57D
2代目プリンススカイラインの最終形
NISSAN PRINCE SKYLINE 1500 DELUXE
[1968年式 日産プリンス スカイライン 1500 デラックス]



 1963年9月、モノコックボディで装いも新たに現れたのが、2代目プリンス・スカイラインだった。エンジンはマイルドな1.5Lに統一され、コンパクトファミリーセダンとして人気を博すモデルへと成長していった。
 日本グランプリでの活躍もあり、スポーティーモデルがラインナップされるなど、その名を知らしめたプリンス・スカイライン。しかし、1966年8月にプリンスと日産が合併。以降、スカイラインには日産の名が追加された。



S54B-3
レーシングカーの走りを手に入れた1台
NISSAN PRINCE SKYLINE 2000 GT-B
[1967年式 日産プリンス スカイライン 2000 GT-B]



 満を持して第2回日本グランプリに挑んだプリンスは、勝つためのプリンススカイラインGTを開発。しかし、それに立ちはだかったのは、モンスターマシンのポルシェ904。誰もが、その力の差を感じていたのだが、レースは思わぬ展開をみせたのだ。このプリンススカイラインGTが後のプリンススカイライン2000GTシリーズ誕生のきっかけとなる。
 スカイラインGTの系譜をたどると、1.5Lモデルをベースにフロントを200mm延ばし、グロリアスーパー6のG7型エンジンを搭載した限定車だ。レース出走資格のホモロゲーションを取得するために100台を生産している。レース参戦翌年の1965年には、ウエーバー3連キャブ、フロントディスクブレーキを装備した、市販車両のプリンススカイラインGTが登場。のちにシングルキャブタイプのGT‐Aが発売されると、既存のGTはGT‐Bへとスライドする形で名称変更された。



KC10
若者たちを魅了した美しいリアビュー
NISSAN SKYLINE 2DOOR HARDTOP 1500 DELUXE
[1972年式 日産 スカイライン 2ドア ハードトップ 1500 デラックス ]


プリンスの技術力、日産のマーケット戦略、2つの強みが1966年の合併後、初めて形となったのが、1968年に登場した3代目スカイラインだろう。
市場のあらゆるレンジをカバーすべく、バリエーションに富んだラインナップ。スカイライン人気における盤石の基礎を築いたモデルであった。
乗用車モデルは1.5L直列4気筒エンジンの4ドアセダンからスタートし、フロントノーズを延長してエンジンスペースを確保した2L直列6気筒エンジン搭載車、ホイールベースを70mm短くして、運動性能を高めた2ドアハードトップモデルと展開していった。



PGC10
レーシングの血統を受け継ぐGT-R
NISSAN SKYLINE 2000 GT-R
[ 1969年式 日産 スカイライン 2000 GT-R ]



 そして1968年8月、フルモデルチェンジを受け、プリンスの名前が外れたスカイラインが世に出る。「ハコスカ」の愛称で愛されるC10系だ。当初はセダン、エステート(ワゴン)、バンの設定で、エンジンはS57Dスカイラインデラックスに積まれていたG15型のみという組み合わせ。ここから2カ月遅れの10月には、6気筒のL20型エンジンを搭載したGT(GC10)を追加。さらに4カ月後の翌1969年2月、S20型エンジンを載せたGT‐R(PGC10)がデビュー。8月にはG18型を積む1800シリーズ(PC10)も登場した。
 1968年、プリンスの時代から開発が進められてきたS74型ボディに、プリンス時代に作られたレーシングカーR380に搭載されたGR8型エンジンのDNAを受け継ぐS20型エンジンを載せる計画を進行。それを同年秋に行われた東京モーターショーに、スカイラインGTレーシング仕様として出品し、1969年のレースに間に合わせるために、1969年2月の市販化へとこぎつけた。
国産初の4バルブDOHC、3連のソレックス40PHHキャブレター、アルミ合金製ヘッドに7ベアリングクランク、ステンレス製タコ足、フルトランジスタ化などで武装されたスカイラインGT‐Rの前に敵はなく、デビュー戦となった1969年5月のJAF GPこそ薄氷を踏む勝利だったものの、以後に続く快進撃はあまりにも有名だ。


>>【画像7枚】初代から3代目のオーナーカーを紹介など


初出:ノスタルジックヒーロー 2017年6月号 Vol.181
(記事中の内容は掲載当時のものを主とし、一部加筆したものです)



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