ポルシェ904をプリンス スカイラインGTが追い抜いた日|1967年式 日産プリンス スカイライン 2000 GT-B Vol.1

フロントグリルは最終型の横ラインが走るタイプ。前期型にするオーナーも多いが、あえて当時のスタイルを残す。

       
【プリンスと日産】
スカイラインは日本のクルマ好きにとって、特別なブランドであることは間違いない。
1957年4月、富士精密工業のセダンとして初代プリンス・スカイラインがデビュー。
61年2月に社名をプリンス自動車工業に変更した後は、名実ともにプリンスの屋台骨を支える主力モデルとして進化していく。
2代目S50系時代の66年8月には、プリンスと日産自動車が合併。
今回は、日産スカイラインとして登場した3代目C10系までを「プリンスと日産」シリーズとして紹介していく。

【1967年式 日産プリンス スカイライン 2000 GT-B Vol.1】

 60年代、東京オリンピック開催や新幹線開通など、高度経済成長を迎えた日本国内。庶民の生活も変わり、クルマがより身近になった時代でもある。

 そんな時代、クルマへのあこがれを加速させた理由の一つが、モータースポーツの盛り上がりであったことは否めない。1963年スタートの日本グランプリ自動車レース大会開催がそれだ。

 第2回となる1964年のレースでは、自動車メーカーの参戦も多く、マーケット的にも成功。観客席は人で埋め尽くされ、熱気であふれていた。なかでも、観客を魅了したのがGT-Ⅱクラス。式場壮吉選手のポルシェ904を生沢徹選手のプリンススカイラインGTが追い抜いた瞬間であった。

 満を持して第2回日本グランプリに挑んだプリンスは、勝つためのプリンススカイラインGTを開発。しかし、それに立ちはだかったのは、モンスターマシンのポルシェ904。誰もが、その力の差を感じていたのだが、レースは思わぬ展開をみせたのだ。

 多くの観客は目の前の光景に歓声を上げ、国産のプリンススカイラインGTを誇りに感じた瞬間でもあった。

>>【画像17枚】型式プレートにはS54Bの最終形式である3の数字が見える。最高出力は125psに達していたグロリアと同じG7型エンジンなど




ボンネット上に「Nissan」のエンブレム。日産とプリンスが合併した後のモデルであることを強調する。






トランクルームの大部分を占めるガソリンタンク。普段乗りでは、満タン給油することはまずないという。






直線的なラインの中に曲線が隠されている造形美。デザインへのこだわりを強く感じる。





ノーマルのS50系と比べフロントノーズを200mm延長。同時期に発売されたP19のS57と比べると、その長さの違いがよく分かる。





シンプルな印象さえ受けるリアビュー。リアウインドーがサイドまで回り込み、視認性が高い。


1967年式 日産プリンス スカイライン 2000 GT-B(S54B-3)
SPECIFICATION 諸元
全長 4235mm
全幅 1510mm
全高 1405mm
ホイールベース 2590mm
トレッド前/後 1265 / 1255mm
最低地上高 155mm
車両重量 1095kg
乗車定員 5名
最高速度 180km / h
登坂能力 sinθ0.47
最小回転半径 5.25m
エンジン型式 G7型
エンジン種類 水冷直列6気筒SOHC
総排気量 1988cc
ボア×ストローク 75.0×75.0mm
圧縮比 9.3:1
最高出力 125ps / 5600rpm
最大トルク 17.0kg-m / 4400rpm
変速機 前進5段 / 後退 1段 2~5速 シンクロメッシュ
変速比 1速 2.851 / 2速 1.854 / 3速 1.378 / 4速 1.000 / 5速 0.810 / 後退 3.564
最終減速比 4.444
燃料タンク容量 99L
ステアリング形式 リサーキュレーティングボール式
サスペンション 前/後独立懸架ウイッシュボーン・コイル / リジッド半楕円リーフ
ブレーキ前/後 ディスク / リーディングトレーリング
タイヤ前後とも 5.60-13-6PR
発売当時価格 94万円

【2】に続く

初出:ノスタルジックヒーロー 2017年6月号 Vol.181
(記事中の内容は掲載当時のものを主とし、一部加筆したものです)

1967年式 日産プリンス スカイライン 2000 GT-B(全3記事)

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photo : HIDENOBU TANAKA/田中秀宣 text : KEISHI WATANABE/渡辺圭史

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