16台も乗り継いできた510ファン|カリフォルニアの幸せを運ぶ青い鳥になったダットサン510 パート1

68年式ダットサン510。精悍なマスクに無駄のないボディを持ったこのクルマが静かにたたずむ姿は、気品すら感じさせる。初期型の4ドアボディも持つこの510セダンが、今回のストーリーの主役だ。


 カリフォルニアで出合った1968年式のダットサン510。そのオーナーのエクトール・ビルエッタさんは、これまでに16台も乗り継いできた大の510ファン。「実はこれは、マレーシアから輸入されたクルマなんです」と切り出すと、現在所有する68年式に行き着いたいきさつを話してくれた。

ダットサン510 フロント
対面式のワイパーが特徴的。ボディにはドアミラーが付き、ラジオアンテナは付いていなかった。ハ
ーフミラーでカスタムされたヘッドランプが、独特の表情を生み出している。

ダットサン510 エンジン

ヘッドカバーに「1300」と刻まれたエンジンはL13型。キャブレターはオーナーがウエーバーに換え
たものだ。いつでも一発でエンジンがかかるのは実に見事。


ダットサン510 コクピット
ベンチシート、コラムシフト、ハンドブレーキなど、見方によってはトラックそのままとも言えるコ
クピット。

ダットサン510 シート
フロントシートはベンチシートタイプで、シート表皮は鮮やかな青となっており、目に新鮮に映る。

ダットサン510 サスペンション
後輪は独立懸架で、デフがボディ側に固定されているのがわかる。


 ビルエッタさんは18歳で運転免許を取得したとき、VWビートルとダットサン510を天秤にかけて悩んだ末、一度はビートルを選んだそうだ。ところが高速走行の印象がどうしても気に入らず、すぐに510に乗り換えた。若かったそのころは改造を繰り返し、運転も荒く、ぶつけ、ぶつけられ、そのたびに次の510へと乗り継いだ。それでも、好きだった2ドアモデルしか選ぶことはなかった。そして14台目の510で最悪の事故に見舞われた。コントロールを失い、横転してしまったのだ。軽いケガの単独事故で済んだから良かったものの、この時すでに子供2人の家族があったビルエッタさんは、「これじゃだめだ」と思い改造はやめてすっぱりとストック路線に切り替えることにしたという。


 そして今から3年ほど前。インターネットで68年式510が売りに出ているのを知った。4ドアだったので買うつもりはなかったのだが、近所だったし興味もあったので連絡をとってみた。売り主はマレーシア人の女性で、510が好きだった旦那のためにわざわざマレーシアから輸入したのだが、離婚することになり協議でこのクルマが自分の財産と認められたのだと言う。そういう状況の下で、もうこのクルマに思い入れもないその女性は、輸入費用を取り戻すべく、走らない状態のそのクルマに6000ドルも要求。「誰に売ってもいい。ただ別れた旦那にだけは売りたくない」と言ったという。親身になって話を聞いて気の毒になってしまったビルエッタさんは、買い手探しを手伝い始めたのだった。


 ところがちょうどそのころ、ビルエッタさんは3人目の子供に恵まれた。そして生まれてくる女の子のことを思い「4ドアが必要だな」と、この68年式510を自ら引き取ることにしたのだ。離婚協議の渦中から、5人家族のもとへ突然仲間入りした510は、ビルエッタさんにとっては16台目にして初の4ドアだった。それでもそのうれしさと同時に、不本意にもこの510を手放さなければならなくなった元オーナーの男性の気持ちも、ビルエッタさんには分からないでもなかった。


 いたたまれなくなったビルエッタさんはその男性に連絡を取り、「今だったら6000ドル払ってくれればそのまま譲りますよ」と申し出た。ところが相手はビルエッタさんの好意を受け止めるどころか「そんなボロボロのクルマに6000ドルの価値なんかあるものか」と、断ってきたのだ。この対応に憤慨したビルエッタさんは「それなら、もう今後どんなことがあっても、絶対にこの510を欲しいとは言うな」と啖呵を切って決別。そして自分で手をかけて持ち続ける決心をしたのだった。


掲載:ノスタルジックヒーロー 2011年12月号 Vol.148(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)

text & photo:Masui Hisashi/増井久志

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