日本車がクラシックカーとして認知され始めたオランダの、日本旧車マニアとの集会|オランダ発! ニッポン旧車の楽しみ方 Vol.1

オランダの片田舎の田園風景の中に、突如現れた日本旧車の大群。近所の人たちだけでなく、静かに草をついばんでいた馬も後ろで驚いていた。EU標準の黄色いナンバープレートのついた1990年式ホンダCR-Xを運転するデニス・ファンデサンデさんは、クルマの撮影を専門とする写真家だ。

       
イギリス、ドイツ、フランスと周囲に自動車生産大国があり、自国では世界的な自動車メーカーが育たなかったオランダ。しかし自動車関連の企業の発祥地であり、古くからレースも盛んに行われてきた国だ。当然ヨーロッパ車が主流となる土地柄ではあるが、熱心な日本車のファンも存在。ビックリするほどの資料を持つ日本旧車マニアにも会うことができた。

オランダ発! ニッポン旧車の楽しみ方

【ホンダ S800 Vol.1】

▶▶【写真14枚】オランダへ輸入されたのは3台のみ。現存するのはこの1台だけというホンダT500など



集合場所のショップ「RVヴェルクス」の住所を訪ねると、田舎の日本車博物館のような風景に出くわした。ルカッセンさんのトレーラー付き銀色のエスハチ、フォルシュテンボッシュさんの黄色のNSX、それにブラウワーさんの赤いエスハチが並んで来客を迎えた。フォルシュテンボッシュさん自宅の日本の茅葺きに似た屋根は、葦でつくるオランダの伝統的建築だそうだ。10年に1度傷んだ表面を切りそろえて、屋根の厚みがなくなるまで50年くらい使うことができる。

歓迎のエンジンサウンド


 ホンダS800のクラブがオランダにあると聞いて、寄り道してみたくなった。地図で首都アムステルダムを見てみると、湾に面し川の流れるこの町は、その中心地を囲んで走る環状道路と相まって、東京都心を思い起こさせた。

 アムステルダムの街の駅から南へ向かう「インターシティ」という特急電車に乗った。すると「静粛車両」などというものがある。そうか、この車両では「おしゃべり禁止」というわけか。

 静かなその車両から窓の外を眺めていると、はじめ線路に寄り添っていた運河がいつの間にか姿を消し、眼下に緑豊かな田園風景が広がった。大きな川を鉄橋で越える。時折目に入るグラフィティだけがのどかな景色を損なった。晴れた空には初夏の日がうららか。

 事前に旧車クラブに呼びかけて、この日小さな集会が実現したのだった。

 集合場所は「RVヴェルクス」という名のショップだという。住所を頼りに路地を曲がるとそこには茅葺き屋根の家。その前庭に並んだクルマが明るい太陽を浴びて、鮮やかな色を放っていた。光景の美しさに言葉を失った。

 オランダにも日本旧車があった。目に飛び込んだ風景に驚き、うれしくなって顔から笑みがこぼれる。来客を迎える、祝砲ならぬ歓迎のエンジン音。あのホンダサウンド、2つの周波数が絡み合うハーモニーが、オランダの青い空へ抜けていった。



前庭から入ってすぐ左にあるフォルシュテンボッシュさん(右端)のガレージは、スイスで発見したというレストア中のS800が2台並べられ、まるで展示室のようだった。ルカッセンさんいわく、状態の良い旧車がスイスでよく見つかる理由は、スイスの人がクルマをとても丁寧に扱うから。しかし感情移入が強く、なかなか手放そうとはしないのだそうだ。




ガレージ地下にあるエンジン作業室をルカッセンさんが率先して案内してくれた。エンジンヘッドが4機作業台の上に並び、壁沿いの棚の上には2連キャブレターが5列。小箱に整理されたパーツ棚、清潔な板張りの床と相まって、そこに立っているだけでも心地よくなる「大人の隠れ家的」空間だった。





地下の作業室のとなりの部屋には、床から天井までの本棚を埋める資料が来客を圧倒する。ホンダ車すべてのマニュアルがここにあるという。近年のマニュアルはCDになってしまっている。中でも、この蔵書に収められているNSXのオランダ語マニュアルは、世界にたった1つだけ現存するものだそうだ。



【2】【3】【4】に続く

初出:Nostalgic Hero 2015年 12月号 vol.172(記事中の内容は掲載当時のものを主とし、一部加筆したものです)

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text & photo : HISASHI MASUI/増井久志

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