父から息子へと継がれるロータリー熱|アメリカ西海岸のロータリー命の熱狂的オーナー パート2

1973年式RX-2。オリジナルのボディにあしらわれた黒のアクセントの使い方が、粋なアメリカンテイストを醸し出す。足回りはミアータ(MX-5)から流用したトキコのショックとアイバッハのスプリングを使用。


 運転と修理の腕を磨いてきたタウザーさんが、現在所有する自慢の1台も、自分で仕上げたクラッシックロータリーのRX-2である。このクルマとの出合いは2004年。ボロボロの状態だったのを、近所で見かけたのがきっかけだった。

 オーナーに売買の交渉を申し出ると、その初老の夫婦は「アメリカに移住して最初に買った思い出のクルマなので」と言って、壊れていたにもかかわらず他人へ譲ることを渋った。それでもタウザーさんは引かなかった。「必ずまた動くようにしてみせる」とのタウザーさんの熱意のこもった説得は、オーナーの固かった意志を見事に覆した。こうして手に入れたRX-2だったが、当時はRX-3の修理を手がけていたため、合間を見ながらのんびりとパーツ探しをするだけだった。

 そんなある日、前後のスポイラーを見つけたのをきっかけに、急に気分が沸き立った。足代わりに使うつもりで手に入れたRX-2だったので、「さっさと仕上げちまおう」と手をつけ始めた。ところがいざ始めてみると「足グルマ」程度の仕上がりで満足がいくはずもなく、次第に熱が入って止まらなくなった。

「マツダロータリー」のオリジナル性を保ちつつも機械系の信頼性をより高めるため、タウザーさんは後年のマツダの車種からパーツ流用するという方法をとった。手元にあった76年式インテークとキャブレターに合う80年式12A型を搭載エンジンに選び、トランスミッションと足回りにはミアータ(MX-5)から流用したパーツを使った。

 外装に用いたいくつかの黒のアクセントの中でも、フロントウインドーの枠やメッシュホイールの内側などは、ていねいに手塗りで仕上げた。

 そして1年たってみれば、なんと2万ドル以上をつぎ込んでいた。こうして完成したRX-2を元オーナー夫婦へ見せに行くと、2人は涙を流すほどに喜んでくれたのだという。

エンジン本体 12型ロータリーエンジン
80年式12A型REに、76年製キャブレターとインテークマニホールドを組み合わせた。友人でREメ
カニックのエレンガさんの発案で、RX-8のベルハウジングを流用(3mmだけ加工)してミアータ
(MX-5)の6速トランスミッションを収めた。エンジンのサイドハウジング部分やエアクリーナー
上部などをボディ色とコーディネートしている。

リアスタイリング RX-2 
リアフェンダー上部が盛り上るデザインは、アメリカで流行していた「コークボトルライン」と呼ば
れるデザイン。このことからもマツダが北米市場を意識していたことがわかる。

RX-2 コクピット
室内の仕上げも申し分ない。Jeco製アナログ時計が残るインパネは完全にオリジナルのまま。4枚の
フロアマットも完ぺきな状態を保っている。エンジンルームだけでなく、シートやドアの内張りのツ
ートーンカラーもボディ色とコーディネート。トランスミッションの載せ替えに伴い、シフトレバー
がやや後ろへ下がったということだった。


 タウザーさんのREにかける熱意は、自分自身の中だけに収まることがなかった。26歳の時にSCCA(全米スポーツカークラブ)でオートクロス(ジムカーナ)を始めたタウザーさんは、息子のフォレストさんをいつも競技に連れて行き、幼いうちからクルマに親しむ機会を作った。フォレストさんは5歳でカートに乗り、2年後にレースを始めるようになると、タウザーさんは自身の競技参加には終止符を打って、自分の時間とお金をフォレストさんのレースに費やすようにした。自分でもカートを運転しながらフォレストさんと一緒に練習した頃のことを、「100km╱hも出して自分の息子と競争するなんて最高だぜ」と回想する。

 もともと体の大きかったフォレストさんは、小学校高学年になるとカートレースではもはや体系的に不利になっており競技から離れた。それからは父親からREの手ほどきを受け、ごく自然にマツダロータリーのファンになった。14歳の時に壊れた2台の85年式RX-7を父親から与えられ、それを自分で組み合わせて1台にした。それが初めてのクルマになった。その後に好きだった79年式RX-7リミテッドエディションへと乗り継いだが、その愛車は残念なことに不慮の単独事故で廃車にしてしまった。3台目になる現在の白い79年式RX-7は、父親にねだって譲ってもらったクルマで、初期型なのがお気に入りだ。

「ノスタルジックヒーロー」誌Vol.144 2011年4月号の「ヒーローの棲むガレージ」に登場しているコスモスポーツの写真に見入りながら「うらやましいなあ、この人」とつぶやいたフォレストさん。実は趣味が高じて、現在はプロのメカニックとして活躍中だ。近所にあるマツダ専門ショップ「ROTORSPORT」に勤めて1年半。

 REのメカニックとして30年の経験を持つショップオーナー、ポール・エレンガさんの右腕としてたくさんのマツダ車に接しながら過ごす毎日だ。エレンガさんとタウザーさんとはクルマを通じた旧友でもあり、フォレストさんを含めた3人はいつも情報交換を欠かさず、それぞれがどのクルマをいつ仕上げるか、そんなことがお互いに気がかりの日々を送っている。

「REからパワーを引き出す秘けつは、インテークの形状だよ」そう語ったタウザーさんの言葉が耳に残った。その一言に、これまでの経験、そしてこれからの抱負がしっかりと凝縮されていた。これほどの熱意を捧げる人だからこそ、これからもますます元気にクラシックロータリーを走らせてもらいたいと願うのである。

RX-7 外観
85年式RX-7がようやく完成に近づいた。ブレーキキャリパーもボディと同色に塗装するのがタウザ
ーさん流だ。このRX-7はツーリング用として、ややマイルドな足回りのセッティングを施した。


人物
自宅前でくつろぐギャリー・タウザーさん(右)と、息子のフォレストさん。最近は家の改装にも忙
しいというタウザーさんは、空調設備会社に勤める、あくまでもアマチュアのマツダファンだ。


掲載:ノスタルジックヒーロー 2011年10月号 Vol.147(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)

text & photo:Masui Hisashi/増井久志

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