アメリカでスカイラインに乗ることと維持すること|アメリカ西海岸のハコスカGT 3

この日のガソリンは、ハイオク1ガロン(約3.8リッター)あたり4.45ドルほど。アメリカのガソリン価格はここ10年で3倍に跳ね上がり、「満タンで1万円札が飛ぶ」ような値段になった。

       

 ジャラミーロさんは、日本でも名の知られた大手銀行で国際為替を担当する。

勤務時間帯が早いことを生かして、退社後の夕方にはクルマいじりに明け暮れる毎日だ。一時は修理や塗装を請け負ったりもしたが、さすがに2つの仕事を完ぺきにはやりきれず、現在は自分のクルマの手入れだけにしている。

 落札したハコスカは、1週間後にユタ州の個人コレクターから陸送で届いた。すぐに修理と整備に取りかかり、サスペンションやキャブなどにはかなりの手間をかけて、とりあえず走れる状態にまで仕上げた。クルマはまだ登録切れの状態だったがとても我慢なんかできなくて、試運転にと少しだけ近所を走らせてみることにした。このはやる気持ち、旧車ファンなら理解できるだろう。そして、オーナーが今も一番気に入っているという最高のエピソードは、このときに起きた。

 アルバニー市には2つの大きなフリーウェイが交わるインターチェンジがあって、そのためパトロール中の警察も多い。案の定、登録期限切れのステッカーに気づいたパトカーに停止を命じられてしまった。弁解の余地は全くなかったのだが、「ついさっき、ようやく走れるようにして、それで今ちょっとだけテストドライブで走らせてみただけなんです。本当です」と警察官に力説した。しばらくの押し問答、そして「分かったよ、もういいからこのまますぐ帰りなさい」と言った後に続けて、「事故なんか起こして、せっかくのこんな珍しいクルマをお釈迦なんかにするなよ」と、違反には目をつぶってくれたのだという。なかなか粋なもんじゃないですか、アメリカのおまわりさん。

 他には見かけない、この、いかにも「箱っぽい」スタイルがいい。走ればみんなが見てくれる。交差点で止まれば歩行者に声をかけられる。ウインカーを戻し忘れるたびに友達に笑われる。そんな出来事が全部楽しい。もちろんトラブルに見舞われることだってある。故障したり整備が大変だったりするのは覚悟のうえだけど、やっぱりパーツが手に入りにくいのが一番困る。アメリカにいるわずか数人のハコスカオーナーのネットワークが頼みの綱だ。あちこちにサビが出ているボディの修理や、欠損しているインテリアのパーツやバッジなど、これからまだまだ直すところがあり、パーツ探しもますます困難になることは容易に想像できる。

スカイライン シート
スカイライン シート
室内の改修にはまだ手が付いていない。傷みがひどくはないが、良い状態とも言えない程度。多くの
細かいサビが確認できたエクステリアと同様に、室内にもフロアを中心にサビが出ていて、これから
かなりの作業を必要とする感じを受けた。


 ジャラミーロさんはハコスカの手入れだけでなく、経歴の調査にも熱心だ。歴代オーナーたちをインターネットで突き止めて、連絡を取って聞き出せた限りでは、2005年にアメリカへ持ち込まれた個体らしいということ。しかしそれ以前の経歴はいまだ不明だ。ハコスカへの興味と熱意は尽きることなく、オーナーの調査も終わることはないだろう。

 アメリカだけでなく、日本国内での売買までも長年抜かりなく調査して、一時は本気で自分で日本に行って買ってこようとしたくらい、ヴィンテージ・スカイラインに入れ込んでいるジャラミーロさん。実は、このハコスカをオークションで見つける以前の2009年末のこと、インターネットでケンメリ・スカイラインが売りに出ているのを知った。すぐに連絡を取った後、こちらは売り手と真っ向勝負の長期戦となった。その後ようやく値段での妥協点が見つかり、昨年11月に手元に運ばれてきた。

 車両の状態は良かったが、念のためなじみのショップに点検を頼んだ。いくつかパーツの交換をしただけで快調に走り出したケンメリだったが、フリーウェイの走行中に突然、「ブー、ブー」と力なく鳴る音がエキゾースト音に混じって聞こえてきた。「何だ、何だ? 何の音だ?」と、ものすごく不安になったジャラミーロさん。後で調べてみてわかったのは、100km/h超過で速度警告音が鳴るらしい、ということだった。そんなものがあるなんて全然知らなかった、と言っていたけれど、ひと昔前のアメリカのクルマも、スピードメーターの「55mph」の文字が赤く塗ってありましたよ。

 アメリカでは日本車の人気を背景に、JDMと呼ばれる日本国内仕様への憧れとこだわりが強まっている。そんなJDMファンたちは、自分のクルマを日本の人たちに見てもらえることがあったら、「これ、間違ってるね」なんて言われないように、バッジの位置などにも細心の注意を払う。もしできることなら、法定ステッカーの1枚までまねたいと思っている。日本から持ち込まれた国内仕様車、特にヴィンテージ・スカイラインともなれば、ファンの間では常にウオッチされているクルマだ。ジャラミーロさんの手元にハコスカとケンメリがあることは、恐らくもううわさが流れていることだろう。

 メキシコに生まれ、幼い頃からアメリカで育ち、そして今はいまだ見たことのない日本の地に思いをはせるジャラミーロさんは「いつか行ってみたい。この魅力あるクルマを造り出した国に生きる人たちと、知り合いになりたいんです」と話し、このハコスカのおかげで出会えた人たちもいる、と強調する。開発責任者だった櫻井眞一郎さんはくしくも今年亡くなったが、櫻井さんの残したスカイラインは、今後も当時の様子をわれわれに伝えてくれる。そして日本車旧車ファンを、こうして外国にまで広げていってくれるに違いない。

ガレージ
月額235ドルのレンタル収納スペースに、クルマを保管している。わずか5cmの隙間を残して、ぎり
ぎりで2台が収まる。念のため車内には吸湿剤を置いている。



掲載:ノスタルジックヒーロー 2011年8月号 Vol.146(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)

text & photo:Masui Hisashi/増井久志

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