「良いドライバーになるには、まずは自分で1台造り上げなきゃダメだ」|1972年式 ダットサン 240Z Vol.3

ブラウンさんはこのZの3番目のオーナーである。「2番目のオーナーは妙な改造を施していた」とブラウンさんは説明したが、ファーストオーナーから引き継がれた当時の写真や、オーナーマニュアルなどのオリジナル書類はきれいなまま、豊富に残されていた。

       
アメリカ発! ニッポン旧車の楽しみ方【1972年式 ダットサン 240Z Vol.3】

【1】【2】から続く

再び240Zを手元に置く

「良いドライバーになるには、まずは自分で1台造り上げなきゃダメだ」
 と信頼するメカニック、クリス・ホーベイさんに言われたブラウンさん。その言葉に従い、まずは手に入れた240Zを丸裸にした。そして、レーシングZの仕上がりを自分でデザインし、1年半の時間をかけてコツコツと造り上げた。それで挙げた戦績は、3シリーズ中2つのチャンピオンシップ、1位フィニッシュが15回、そして数々のトラックレコード。好成績の鎧をまとったレースカーは、チャンピオンカーとして高額で売却して、次のクラスへの挑戦資金とする。こうしてブラウンさんもステップアップを達成し、300psのカマロのクラスに移った。

 レーサーとしてのキャリアが軌道に乗り始めたころ、ブラウンさんは自分の原点を見つめ直したという。そのときZが心に戻ってきた。「自分のハートはここにある」と、アメリカ中を3カ月探した末に、良好なオリジナルの個体を運良く手に入れることができた。
「家内には文句を言われたけれど、欲しかったオートバイも買いました。そして最初の子供が生まれた」

 こうしてこの2006年は、ブラウンさんにとって記念の年となった。

 プロフェッショナルレースドライバーとしての普段の心がけを尋ねてみた。
「レーサーはチームの最後の仕上げなんです。メカニックが時間をかけて仕上げたクルマを、可能な限り速く、しかしどこにもぶつけたりしないように、気をつけながら走るんですよ」

 そう言うと顔がほころぶ。さらに、「そしてそのクルマがトップに立ってサーキットを席巻する姿が、メカニックに取っては最高の喜びになるんです」

 とブラウンさんは誇らしげに続けた。

 現在のチーム「ライフズグッドレーシング」は今から7年前、レースをやりたいと言ったカール・チッカさんと出会ったときに話がまとまった。

「今のクラスでチームの年間費用が2500万円。次のクラスになると遠征費もかさんで、1億5000万から3億円くらいかかります。それでも、メカニックたちはクルマを触ることが好きだし、自分のレースカーを造り上げることが楽しい。だからそれを職業として彼らが毎日クルマに没頭できるような環境を作り続けて行きたい」

 とはチームマネージャーとしてのブラウンさんのコメント。まだまだ挑戦の続く彼のレーシングチーム、そのレースカーの並ぶガレージに置かれた1台のダットサン240Z。小さなボディから放たれるその威光は、ブラウンさんのレースの原点をしっかりとそこに刻んでいた。


ブラウンさん所有の1972年式ダットサン240Zや、ガレージの隣のトレーニングルームに設置されたシミュレーションマシンなど【写真13枚】



6月のある週末、マツダレースウェイ・ラグナセカで行われたNASAシリーズ戦の決勝レース前のチームのパドック。普段は紳士的で人当たりの柔らかなブラウンさんもクルマの仕上げを監督する目は厳しい。チームパートナーでレーサーのカール・チッカさん(左端)がその様子を後方から見守っていた。




左から、ブラウンさん、アシスタントメカニックのカーティス・ミラーさん、クリス・ホーベイさんはマスターメカニックで、これまでにありとあらゆる分野のレースカーの製作や改造を手がけてきた人だ。ブラウンさんとは20年になるレース仲間で、他のチームメンバーの兄貴的存在。ギャリー・ミニックさんはNUMMI(2010年までカリフォルニア州に存在したトヨタとGMの合弁会社)での17年間の経験を生かし、シニアクルーとしてチームを助ける。



初出:ノスタルジックヒーロー 2014年10月号 Vol.165(記事中の内容は掲載当時のものを主とし、一部加筆したものです)

1972年式 ダットサン 240Z(全3記事)

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text & photo : HISASHI MASUI/増井久志

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