アメリカの改造ダットサン240Zの実力 3|ライトウエイトスポーツの理想形を実現する 

疾走するトムさんのS30ダットサン240Zシャーク。自作のフロントグリルは、まさに「ジョーズ」を思わせる雰囲気。元来S30フェアレディZはフロントのリフトが発生しにくいデザインであるため、あえてチンスポイラーはつけていない。

       
真のライトウエイトスポーツを求めてフロントミッドシップ化したトムさんのS30フェアレィZシャークだが、これほどの改造を個人でやるのは容易ではなかったはず。「1年ちょっとで仕上げたんだよ」と言うトムさんとは、一体どんな人なのか。

 もうはるか昔のこと、13歳のときに父親と溶接屋を始めた。学業を終え、機械工として何度か職を変えながらさまざまな経験を蓄えていったが、どこへ行っても溶接の仕事から離れることはなかった。そして当時の若者らしく、仕事の合間をぬってバイクやホットロッドの改造を散々やったという。

「Fヘッド直列6発の53年式ウィリーズ・ジープ、1962年式フォード・フェアレーン、フラットヘッドV8の1938年式キャデラック・ラサール、それにビートルのバギーとかね」と、まるで聞き慣れない名前が飛び出してきたが、言ってみればトムさんは、クルマの改造はお手の物だったのだ。

 1981年から7年間は航空機メーカーのロッキードで働き、そこでチタン溶接を習得した。「チタンを溶接できるヤツはそういないよ」と自慢する。そして1996年になってダットサン240Zに出合った。この時「小さいのがいいんだよ」と、この小振りなスポーツカーに美しさを感じたそうだ。

 こんな職人肌の経歴を持つトムさんは、今はもう退職して、自宅のガレージで自分のクルマをいじりながら、近所のカーショップでパートタイムで働くだけの、まさに「クルマ隠居生活」を送っている。


ガレージ
床に置かれたものを跨ぐようにして歩かなければならないガレージでは、L28型エンジンをノーマル
の240Zへ載せる作業中だった。「このクルマは改造しない」そうで、自然吸気のまま、280ZX用の
ピストンを使って圧縮比を高めるだけ、とのこと。煩雑に見えるガレージだか、奥をのぞくと古めか
しい工具やドリルの1本に至るまで、木製の壁にきちんと整理してかけられていた。旋盤、ボール盤、
グラインダーと、オールドスクールの機械が所狭しと並ぶ様子は、ガレージというよりさながら町工
場のようだ。


 そんなのんきな生活から生まれたシャーク、と思いきや、いざクルマに乗り込んでみると、隠居生活という言葉から想像される穏やかな世界が一変。すっかり吹き飛んでしまった。スロットルに追随して軽々と上下するタコメーターの針とエキゾーストの音。シャーク独特の音と匂いがすぐにタイトなキャビンを満たした。

 走り出すとすぐに、ボディ剛性の高さが体感できた。路面の凹凸にも歪まないフレームに、載せられただけのボディパネルがガサ

 ガサと揺れる様子は、まるでストックカーのよう。コーナーへ入るとリアが少し暴れた。ポジティブトラクションを採用しているためだ。それを体で感じ、コントロールしながらコーナーを抜けていく。軽快に路面をとらえ続けるサスペンション、鼻先をヨコへはじかれるような旋回性、そしてコーナーからの立ち上がりでは、粘りあるL型エンジンの吹け上がる音が、惜しみなく官能を刺激する。

 これだ、我々がライトウエイトスポーツに求めていたものはこの感覚だったんだ!


 新しい型式のエンジンに載せ替えるとか、最新の素材で空力に優れた強固なボディを作るといった改造もいいだろう。しかしそれじゃあ、S30ZがL型エンジンを積んで生まれた時代に申し訳ないじゃないか。トムさんの改造は、その時代にできるはずだったのにやられなかったことを試みるという、時をさかのぼる実験だったのだ。

「軽く、バランス良く」というセオリー中のセオリーに従って、当時は実現しなかったライトウエイトスポーツを今に再現させたトムさんのZ改造論。そのメッセージは「基本に立ち返れ」ということだったのだ。

オーナー
自慢のS30ダットサン240Zのタイトなコクピットに収まるトムさん。

フェアレディZ 内装
シフトレバーが後ろから伸びているのに注目。その前方から立ち上がる柱はスペースフレームの一部。

フェアレディZ 内装
足下も非常に狭い。ペダルは左にオフセットされ、足を入れる間隔がようやく保たれているといった
感じ。慣れないとミスを誘発しそう。


掲載:ノスタルジックヒーロー 2011年6月号 Vol.145(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)

text & photo:Masui Hisashi/増井久志

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