F1に先じて日本で実用化されていたセミAT=いすゞNAVi-5|ハチマル・テクノロジー 自動変速機編 Vol.3

マニュアルミッションを基本に、自動化を図ったナビ5とPDK。

       
【ハチマル・テクノロジー 自動変速機編 Vol.3】

マニュアルミッションを基本に、自動化を図ったナビ5とPDK

Vol.2より続く

 F1が口火を切ったパドルシフト操作による「セミAT」機構。名称からは自動変速機の一形態だと思われがちだが、構造的にはクラッチ操作を自動化した「セミマニュアル」機構と呼ぶのが正しい。

 実はこれと同じ考え方のミッションが80年代に実用化されていた。いすゞが「アスカ」で採用した「NAVi‐5(ナビ5)」(1984年)である。

クラッチ操作のみを自動化し、変速操作は人間が行うツインクラッチ方式のトランスミッション、ポルシェの「PDK」など【写真5枚】

 このシステムを簡単に言ってしまえば、マニュアルミッションのクラッチ断続とシフトアップ/ダウンの操作を、コンピューター制御による油圧アクチュエーターが行う方式だ。

 MTに比べて違和感のある動きが多い当時のATに対し、リニア感のある自動変速機を実現したいという思いがNAVi‐5開発の動機となっていた。だが、いま振り返ると結果的に制御技術が不十分で、時期尚早のシステムだったように思える。ステップ式ATでいう「Dレンジ」の動作が、あらゆる運転状況に対応できていなかったのだ。これはコンピューター制御に関するハードウエア、ソフトウエアに起因する問題で、現代の技術水準であれば、問題なく対応できたことは間違いない。

 もっとも、現在のATをお使いの方ならお分かりだろうが、変速操作に違和感はなく、MTベースにATを開発すること自体の意味は失われている。

 同じく、クラッチ操作のみを自動化し、変速操作は人間が行うツインクラッチ方式のトランスミッション(ボルグワーナー社特許DSG、VWのDSG、アウディのSトロニック、R35GT‐Rのデュアルクラッチトランスミッションなど)も、80年代にポルシェが「PDK」の名称でグループCカー用に開発を行ったミッションだ。

 システムの考え方は合理的で、メインシャフトを奇数段(1、3、5速)と偶数段(2、4、6速)の2本に分け、それぞれにクラッチを設け、2本のシャフトを交互に切り替えて使う方式である。一方のシャフトを使っている時に、もう一方のシャフトのギアが噛み合って待機する形になるので、クラッチの接続と同時に動力が伝達されギアの切り替えによるロスがない。

 純粋に競技用として考えられたもので、シフト操作1回につき0.1秒程度の効率化が見込まれることから、ル・マン24時間のような長丁場では、大きなタイム節約になると考えられていた。ちなみに当時のPDKは、対MT比較で50kgの重量増だったという。
システムそのものの考え方は正解だったが、制御技術や構成素材などの問題により、少しだけ時代の先を行っていたのがNAVi‐5とPDKだった。

■ポルシェPDK

 奇数段、偶数段のギアを配した2本のミッションシャフトを、それぞれの先端に設けたクラッチを使って交互に使い分ける方式がPDKの特徴。その構造からツインクラッチシステムとも呼ばれている。ポルシェは1988年頃にこのシステムにトライしていた。





■いすゞNAVi‐5

 MTをベースにATを開発。MTのリニアリティーに着目する優れた発想で、この方式は10数年後にF1やWRCのラリーカーでパドルシフトとして使われることになる。クラッチ操作の不要なセミマニュアル方式としてPRしていればあるいは成功したかもしれない。





初出:ハチマルヒーロー 2013年5月号 Vol.021(記事中の内容は掲載当時のものを主とし、一部加筆したものです)


ハチマル・テクノロジー 自動変速機編(全3記事)

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text : AKIHIKO OUCHI/大内明彦 

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