「ホンダはバイクメーカー。クルマなんて造れるはずがない」シビック大成功の前夜。北米市場へ放たれた1台|アメリカ発!ニッポン旧車の楽しみ方|ずっと忘れられなかった小さなクーペとの再会|ホンダ・クーペ Vol.2

手で軽く洗車、新品の塗装にこだわり過ぎないのも、アンダーソンさんにとってこの旧車が「毎日使える実用車」だからだ。「今は27mpg(11km/L)くらいですが、キャブをきっちり調整すれば燃費はもっとよくなるはず」と自信を見せた。

       
【ずっと忘れられなかった小さなクーペとの再会|ホンダ・クーペ Vol.2】

「水中メガネ」の愛称を持つリアハッチが独特の雰囲気を醸し出しているホンダZは、国産旧車の中でも今なお人気を博している。その愛きょうある姿の「ホンダ・クーペ」はアメリカでも支持され、延べ1万5000台ほどが海を渡ったという。高校生だった一人の男性が、当時、緑色の小さなクーペに心を奪われた。ずっと忘れられなかったその姿を31年ぶりに目撃。その時から、今回の公道復活へのストーリーが始まったのだ。

日本より大きめの排気量を搭載

 先達のスズキと同様に、ホンダは2輪車の技術を基にクルマを開発し、4輪車社会にその性能の高さを訴えた。優れたテクノロジーをふんだんに盛り込んだスポーツカーSシリーズが注目を受けた後、本格量産車を目指した空冷2気筒エンジン搭載の軽自動車セダン「N360」を67年に世に送り出した。71年には水冷エンジンへの切り替えに伴い、後継となる「ライフ」が登場。一方、70年にデビューしたクーペモデルのほうは「Z」と命名。当初は空冷エンジンを搭載していたが、71年に水冷化されてもZの名称は変えられないまま、74年まで販売が続いた。

 ホンダは、他の日本車メーカーが進める北米市場進出に後れを取らないよう、598ccという自社としては大きめの排気量のエンジンを選んで、これをN360のフロントに収めた。69年、このクルマがアメリカで「ホンダ」の名前で発売されると、それはヨーロッパの小型車の呼称にならって「ホンダ600」と呼ばれた。71年にクーペが発売。こうして2車種がそろうと、それぞれ「ホンダ・セダン」「ホンダ・クーペ」がカタログ上での名称となったが、名前の後に排気量をつけた「クーペ600」「セダン600」の呼称も一般には使われたようだ。ところが、72年のホンダアメリカ発行のクーペ出荷書類には「AN600C 2ドアセダン」と記載されていたりと、一定の呼称がなかなか定着しなかった様子がうかがえる。

 65年には、すでに隣国のF1メキシコGPで優勝を飾っていたホンダだったが、北米市場を狙ったこの2種類の量産車は、実際に現地ではちょっと奇異に、というよりもあまりにも小さ過ぎてただのお遊びのように見えてしまい、クルマとして真剣に受け取ってもらえなかった。「ホンダはバイクメーカー。クルマなんて造れるはずがない。本物のクルマというのは10インチなんて小さなタイヤを履いていないし、2気筒のバイクのエンジンなんか積んでいない」。そんな考えがごく普通だった。

 アメリカにおいて、ホンダがクルマメーカーとして認知されるには、72年のシビックの登場まで待たなければならなかった。4気筒の「自動車用」エンジン、十分な室内空間、それでいて低公害で経済的。今日の日本車の特徴を定義したといえるシビックの大成功は、ようやくホンダが時代に追いついたのであり、そして時代がホンダに追いついたとも言えた。そして翌年、世界はオイルショックを迎える。極限まで大きくなっていたアメ車は、そのとき日本車を見習わざるを得なかった。そしてアメリカの人々は、今では当然の質問を口にするようになった。「そのクルマ、燃費はどのくらいなんだい?」と。

 ホンダ・セダンは3万5000台、クーペは1万5000台が当時アメリカに輸入されたと言われる。現在では合わせて600台程度が残り、そのうち約300台が走行可能な状態にあるのではないかと推測されている。

タイムカプセルが開けられる?

 話をアンダーソンさんのストーリーへと戻そう。

 31年ぶりに出合ったホンダ・クーペは、昔見た姿の記憶が「スポーティーだった」という言葉の印象とともに、この瞬間にアンダーソンさんの心の中に、みるみるうちに鮮やかに甦った。
自宅近所を歩いていて、ガレージを整理していた家。アンダーソンさんは、声をかけることにした。

Vol.3へ続く

掲載:ノスタルジックヒーロー 2013年8月号 Vol.158(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)

操作感が独特なエンジンルームからキャビンへ突き通したようなシフトレバーなど【写真5枚】

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text & photo:Masui Hisashi/増井久志

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