<7>スポーツDOHCだからこそ 低中速性能が必要不可欠なのです|技術の日産を支えたエンジン屋烈伝【石田宜之】Vol.7

自然吸気のRB20DE型。

       
【エンジン屋烈伝 石田宜之 Vol.7】

「DOHCエンジン設計のポイントですか? やっぱり燃焼室の表面積を可能な限り小さくとること、この点に留意しました」

 燃焼に関する基本データは、自動車メーカーにとっては悪夢の体験となった排ガス規制への対応で、図らずも豊富に蓄積されていた。とくに急速燃焼、高速燃焼で排ガス規制を乗り切った日産には、燃焼室回りの有形無形のノウハウが膨大にあった。

 石田はこのあたりのことを踏まえ、高出力型のスポーツエンジンを前提としながら、実用域でも速く力強いエンジンの実現を目標としたのである。実際のところ、燃焼効率といった言葉が自動車誌で使われ始めるようになったのもこの頃で、燃料を効率よく燃やせるエンジンは、出力/トルク特性に優れ、なおかつ燃費もよくなるといった認識が根付き始めた頃だった。

 こうしたことを承知した上で、石田にこんな質問をぶつけてみた。市場の要求は、トヨタに対しては欠点のないまとまりのよいものを期待するが、日産にはもっと趣味性のあるおもしろいものを求めるのではないか?

「ええ、それは感じていましたし、それに応えたいとも考えていました。CA、VG、RBのDOHCをやるにあたって、新時代のスポーツエンジンを作るんだ、という使命感がありました。キーワードじゃないですけど、スポーツ・ダンディズムという言葉も作りました。カッコいいと思いませんか(笑)」

 CA、VG、RBとも基本となるSOHCエンジンの原型があり、これをベースにDOHC化する作業を受け持った石田だが、エンジンによって基本設計の差異があり、いま振り返るとこのあたりがおもしろかったという。

 CA型は、すでに紹介したように軽量コンパクト、高効率化を目的に開発されたエンジンだけに、ギリギリの設計から余力がなくて壊れることも多かったという。一方、VG型はなぜか頑丈な作りで、前号でも触れたように、5本構造のヘッドボルトは「ディーゼル仕様まで見越していたんでしょう」と石田が言うように、DOHC化するにあたり「えらく立派なエンジンになってしまった」と笑う。

「将来的な用途を考え、いろいろなことを盛り込んでおくというのは、決して悪いことではないんですが、ベストの選択肢でもありません。いろいろな事象に対して備えるために、その分だけ余剰性能となってしまうわけです」

 RB型はSOHC仕様の設計段階(鶴見グループ)からかかわっていたので、詳細については十分に把握していたという。RB型も紆余曲折あったエンジンで、客観的に眺めれば、VG型の登場で直列6気筒は不要に思われていた時期もあった。

「結局、L型に代わる直列6気筒は必要不可欠だということになりまして、櫻井(眞一郎)さんや伊藤(修令)さんも直6の必要性を強くおっしゃられていましたし。私個人としても、これは前回申し上げましたけど、車両に搭載した際、吸排気のレイアウトに自由度がある直6は乗用車をまとめる上でとても有利なんです」

 RB型の企画は、こうした流れに乗って始まったが、とくにRB型に限ることなく、石田が手掛けたDOHCエンジン全般について、SOHCとDOHCで基本構造は変わるものなのか、という質問をしてみた。

「DOHC仕様は、高速回転で高出力型となりますから、それにかかわる運動部位の強化をすることになります。たとえばベアリングビームの採用だったり、コンロッドジャーナル径の引き上げだったり、冷却能力の引き上げ(ヘッド、ブロックのウオータージャケット設計)などですね」

 理屈の上では、ヘッド回りをDOHC化すれば、即座にSOHCからDOHCに作り替えられそうにも思えるのだが、実際に検証していくと、ブロックまで作り替えなければならない例も珍しくないという。(VG30DE型)

 石田が手掛けたDOHCトリオ、CA型、VG型、RB型を登場順に並べると、1985年8月にR31スカイライン用としてRB20DET型とRB20DE型、1985年8月にU11ブルーバード用のCA18DET型、そして1986年2月にF31型レパード用にVG30DE型がデビューを果たしている。

「VGのDOHCは、フルモデルチェンジの車種で初搭載してもらいたかったんですけどね。マイナーチェンジのモデルだったんで、少し落胆した覚えがあります。こうしたあたりが、日産はあまりうまくなかったですねえ」

 「技術の日産」は自他ともに認めるところだが、石田が言うように、販売戦略は必ずしもうまくはなかったようだ。だから日産ファンが多数存在した、という言い方もできるのだが……。

 いまとなっては信じがたいような話もあるのだが、エンジンの生命線である吸排気のレイアウトが、実は車体設計の側に主導権があった、という話を聞かせてもらった。   

「エンジン側から見た吸気ダクトは、吸入抵抗を減らし、可能な限り大量の空気を取り入れたいと考えるわけですけど、車体設計から見ると『付いてりゃいいんだろ?』という話になってしまう。単体でパワーのあったエンジンが、車体と組み合わせると特性が変わってしまうという事象は、実はこうしたことも原因になっていたんです」

 まだ未解析の技術領域を多く残していた時代ならではの話だが、それだけにエンジニア個人の裁量、才覚に任せられる部分も多く、機知に富んだ人たちにとっては、おもしろくやりがいのある時代だったのだろう。

 石田も、間違いなくこうした人材の1人だったことは、彼の実績を見れば明らかだ。その石田、いよいよR32スカイラインGT‐R用のRB26型の開発に着手することになる。


フェアレディZ 200ZR。コンパクトと言われたVG型だったが、スカイライン、Zとの相性は軽量なRB型のほうが優れていた。とくにZ31フェアレディZのRB型は、秀逸なハンドリングとの評価を得ていた。


RB20DET型のDOHC。


DOHC仕様の特徴を踏まえラダービーム方式のクランクキャップを設けたりコンロッドビッグエンド径を上げたりする対策が採られた。


RB20DE型の燃焼室回りの断面図。ペントルーフ型の燃焼室を持ちそれほど深いバルブ挟角を持たない近代設計の4バルブであることが分かる。


Z型、CA型で採用したツインプラグ方式に代え、ペントルーフの中央にプラグが位置する理想的な燃焼室形状を目指したRB型DOHC。


4バルブ構造のメリットを生かし、低速時には流速を稼ぐため1ポートを閉じるパワーバルブを設定。高速時には解除となる。


スイングバルブ方式による過給圧コントロールを行ったRB20DET型エンジン。この時代日産のターボ制御は他社の一歩先を進んでいた。

掲載:ノスタルジックヒーロー 2013年2月号 Vol.155(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)

ペントルーフの中央にプラグが位置する理想的な燃焼室形状を目指したRB型DOHCの図面など、全ての【写真7枚】を見る

text & photo:Akihiko Ouchi/大内明彦

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