【エンジン屋烈伝 石田宜之 Vol.6】
CA型エンジンの開発コンセプトは、軽量コンパクトの一点に尽きるという。それだけに、軽量コンパクト性を目指したがゆえに、それに起因するトラブルもいくつかあったという。
「CAのSOHCタイプは、軽量化のためベアリングキャップのない構造を採用したんですが、シリンダーヘッドの剛性が足りずカムシャフトの動きしぶりが出た。そりゃそうですよね。カムシャフトが1本の剛体としてあるのに、それを支えるヘッドがグニャグニャたわむようではカムが回らなくなってしまう。ヘッドガスケットの剛性まで含めた問題として対処した覚えがあります。これがL型のようにヘッドのロワデッキとカムキャリア側である程度の距離があるとこうした影響も出にくいんですが、CA型は無駄を省いて軽量コンパクトに設計したものですから、ひずみ、ゆがみの問題が直接響いてくる結果となってしまいました」
不足してはいけないが、余剰強度や余剰剛性は、重量増につながり無駄となってこれも好ましくない。まさに日本のエンジン設計が、転換点を迎えた時期だった。排ガス対策のため、数年間歩みを止めていたエンジン技術の進化が、一気呵成に回り始めた瞬間と言えるだろう。
「CA型のキャブ仕様は2バルブシステムのSOHCということもあり、吸気ポート回りの設計でひと工夫入れました。スワール(渦)をうまく発生させる形状として、燃焼の安定化、効率化を図る設計としました」
CA型エンジンの受け持ち排気量レンジは1.6Lと1.8L。L16、L18(Z型も同様)に代わるエンジンとして企画されている。折しも当時の日産は、バイオレット系(PA10=小型乗用車中間サイズ)がFRからFFへと基本構造を大きく変えようとしていた時期で、エンジン、駆動系もこれへの対応が迫られていた。
その一方で、ブルーバードやシルビアといったFRモデルも存続し、設計陣は両駆動方式への対応を念頭に置いておく必要があった。
「でも、基本構造から見た場合、エンジンにFF用とかFR用とかはないんです。縦置きにするか、横置きにするかで補器類の形状やレイアウトが変わるだけで、エンジン本来の構造としてはなんら変わるところはありません。CA型は、まさにこうした車種構成が見越された時代のエンジンでした」
CA型エンジンのデビューは、T11系スタンザ/オースター/バイオレットリベルタに積まれて1981年6月に上梓されている。当初のラインナップはCA16S、CA18S、CA18EとSOHC構造のキャブ/インジェクション仕様の実用型だった。
このCA型エンジンのバリエーションが増えるのは2年後で、SOHC+ターボのCA18ETがS12シルビア/ガゼール(1983年8月)に積まれて登場している。
一方、高性能仕様となる4バルブDOHC版だが、1986年5月のN13パルサー(CA16DE)、1987年9月のU12ブルーバード(CA18DE)と自然吸気仕様のリリースは意外と遅く、逆にDOHC+ターボの形で、1985年8月(U11ブルーバード)にCA18DET(インタークーラーなし)がデビューを果たしている。
石田の手掛けたエンジンだが、自然吸気のDOHCではなく、4バルブDOHC+ターボの仕様が先にリリースされたあたりに、当時日産も巻き込まれていた市場でのパワー戦争の様子が見えてくる。
さて、石田が設計を担当した一連のDOHC群は、すでに触れたCA型、そしてVG型、RB型となるが、このプロジェクトを引き受けるにあたり、石田はこんなことを提言したという。
「CA、VG、RBの各DOHC仕様は、燃焼室回りのデザインを共通にしたい、と言ったんです。もちろんDOHCエンジンですから、搭載される車種もそれなりにスポーティーなモデルとなるわけですが、この時代すでに、高性能のあるべき姿というのが、見え始めていました。旧態依然とした高回転型高出力型のエンジンは、中低速域がまったくなく、燃費も悪いというマイナス要素を伴うため、もはや誰も望んでいないのです。高出力、高性能を備えつつ、ドライバビリティや実用性も備えていなければダメということです」
このあたりに、エンジン設計者としての石田の信念がかいま見える。いかに高性能エンジンとはいえ、搭載するモデルはナンバーを付けて公道を走る一般の車両。量産車、市販車としての資質を欠くようであれば、それは自動車メーカーの手掛ける車両ではない、と石田は強く言い切る。
後に石田は、HR31スカイラインGTS‐RのRB20DET‐R型、BNR32スカイラインGT‐RのRB26DETT型を設計しているが、この両エンジンとも市販車としての実用性能には十分考慮したという。
おもしろかったのは、ライバル・トヨタのエンジン仕様だったという。カタログスペックで高出力性がうたわれている。しかし、高回転、高出力型とすると当然低速域が犠牲になる。
「アクセルを踏み込んだ時の動きだしの反応が悪いと、ドライバーはそのクルマをパワーがない、遅いと判断してしまう。一方、たとえば最高出力を7000回転で発生するエンジンがあったとして、実際その回転域はほとんど使われないわけです。むしろ低中速域のトルクを上げたりレスポンスをよくしたりすると、ユーザーは高性能エンジンだと思ってしまうんですね。トヨタはこの点が巧みでしたね」
石田が言うには、トヨタはこのあたりのチューニングを意図的にうまく処理していたという。逆に日産は、むしろ正直すぎるくらいスペックに忠実で損をしていた面もあったという。たとえばCA型は中低速トルクに富んだいいエンジンに仕上がったというが、
「トルクが上がった分だけギアリングをハイギアードにしたため、相殺勘定でユーザーがエンジンの性能向上分を体感できなくなっていました。各ギアに伸びが出て、エンジンのトルクを加速に振り向けられる工学的に正しい考え方だったんですけど、商売的には失敗でしたね」と笑う。
実際、こうした事例を目の当たりにしてきた石田は、自分自身がDOHCエンジンを設計するにあたり、ユーザーが体感する「速さ」「パワー感」の実体を重要視したという。
VG30DE型の燃焼室断面図。
対してRB20DE型の燃焼室断面図。両エンジンの燃焼室デザインが酷似していることに注意。石田はCA、VG、RBのDOHC仕様を手掛けるにあたり全エンジン共通の燃焼室デザインを採用したいと強く提唱、それが実現したものだ。
C32型ローレル用として新開発されたRB20E型エンジン。鶴見の設計部が担当したエンジンだったが、石田は同時にDOHC仕様も手掛けることに。
このSOHC仕様の燃焼室回りのデザインは、やはり先駆となったCA型のSOHCとよく似ている。
偶数シリンダーと奇数シリンダーでバルブ配置が非対称となるためピストンクラウンには4バルブのようなリセスが刻まれる。
燃焼室形状はペントルーフと半球型の中間形状となる。
ノスタルジックヒーロー 2013年2月号 Vol.156(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)
VG30DE型とRB20DE型。両エンジンの燃焼室デザインが酷似していることなど、全ての【写真7枚】を見る