通算7台目のランタボは鋼板の質が改善されAピラー回りのサビが少ない最終年式|1987年式 三菱 ランサーEX 1800 GSR ターボインタークーラー Vol.2

三菱独自開発の「純血」ターボとECI(電子制御燃料噴射装置)を引っさげ、ランサー・ターボが衝撃のデビューを飾ったのは1979年秋の東京モーターショー。当時の三菱主脳陣はWRCへの挑戦を高らかに宣言したが、肝心のグループ4ホモロゲーション車=2000ターボ(A176A)は排ガス規制の壁に阻まれ、ついに輸出専用車のままで終る(一部並行輸入車を除く)。

 その欧州仕様車から遅れること半年あまり、1981年11月。

 日本市場に導入されたランタボは一回り小さい1.8LのG62B型エンジンを搭載。エクステリアもフェンダーミラー、大型エアダム&リアスポなしと控えめだった。

 日本のランタボが、ようやく欧州仕様車とほぼ同じ外観を手に入れたのは、マイチェンを受け、GSRとGTのG62B型ユニットにインタークーラーが付いた1983年11月から。

 さらにこの後期型は、ボディや足回り、ブレーキなども欧州仕様と同様となる。先代A73ランサーでは、ラリーに使われたGSRだけにボディ補強が施されていたことはよく知られているが、ランタボも当初は、ホモロゲーションモデルである2000ターボのみがスポット溶接増しや補強板のある「競技用」ボディを使用しており、日本仕様も後期型のインタークーラー付きでようやく同じボディを手に入れたのだ。

 その効果はてきめん。関さんも「同年代の他車種に乗せてもらうと、ゆるゆるでびっくりする。ランタボは全然くたびれていない。足もブレーキも格がふたつ上のスタリオンと同じで、設計段階から走るためのクルマなんです」と言う。当初の目標だったWRC制覇は果たせなかったが、その高い志は30年を経た現在でも色あせない。ならばトコトン走り尽くす。それこそランタボの本懐だろう。

ランサーのエンブレム。


誇らしげなターボの文字。


「LANCER EX」と「TURBO」は本来とは逆の配置になる。マフラーはFGK製。


フロントグリルは、いわゆる輸出仕様の2000ターボ用グリルに変更している。


サイドモールには控えめにインタークーラーターボの文字。


レザーステアリング、オートメーターのタコメーターを装着したインパネ回り。


3000###番台のシャシーNo.はこの個体が最終年式(87年)であることを示す。鋼板の質が改善され、ランタボの弱点であるAピラー回りのサビがほとんど出ないのが特徴。

掲載:ハチマルヒーロー vol.16 2011年 11月号(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)

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text:Hideaki Hiramatu/平松秀樹 photo : Takashi Akamatu/赤松 孝

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