今だから語れる80日本カー・オブ・ザ・イヤー 第3回COTY受賞車 マツダ カペラ/フォード テルスター

       
毎年発売されるニューモデルから、最もその年にふさわしい1台を選び出す日本カー・オブ・ザ・イヤー。排ガス対策が一段落してターボや新技術が確立された1980年代に生まれ、時代を担ってきたクルマたちを賞を通して振り返ってみたい。今回は82年の第3回受賞車のカペラ/テルスターについて語ろう。第3回「日本カー・オブ・ザー・イヤー」(以下COTY)の栄冠を獲得したのはマツダ『カペラ』だった。1982‐83年度となる。これは、ビスタ/カムリ、マーチ、シティターボ、スタリオン等を押しのけての快挙だ。

 80年代に入った途端、まるで別の扉を開くかのように景気が上向きはじめた日本経済。実際、カペラ受賞年は、第1回COTYを受賞したファミリアがファッショナブルな存在として広く若い世代から支持されていた。さらに続く第2回COTYはトヨタ「ソアラ」。パーソナルクーペという基本パッケージングに大排気量エンジン、もちろんクラウンを鼻白ませる高価格設定。これも日本経済の成長を証明するひとつの極みといえるだろう。

 そう、第1回、第2回受賞車は間違いなく日本の豊かさを象徴する存在だった。70年代からのアメリカ経済を筆頭に不景気風が吹き荒れていたのは間違いないところだが、日本は内需の高まりを受け好景気へ転換してゆく。

 ちなみに70年代を振り返ればニクソンショックによる固定為替相場の廃止、マスキー法に象徴される環境規制の強化、2度のオイルショック等々……。ドルの減価、環境問題、さらにはエネルギー問題が強く顕在化したディケードだった。んん? 今と基本的な構図が変わらないのではないか?そう考えるのは正しい。そう、当時の流れがさらに先鋭化したのが今だ。

 70年代、マツダなどはロータリーという賭けが裏目に出た。スポーツカーだけでなくすべてのモデルにロータリーエンジンを搭載するという「ロータリゼーション」、つまりロータリー革命に失敗する。COTY受賞モデルたるカペラのプラットフォームがテルスターとしてフォードブランドでも展開されることになった背景がこれだ。

 ただし80年代初頭となればRX‐7(SA22C)が北米で大ヒット、国内ではファミリアが大ヒットといった具合に、夢のようなリカバリーを経てマツダは経営的にも復調を果たしてゆく。そういった状況においてデビューを果たしたのが4代目カペラ、すなわち第3回COTY受賞車となる。

 さて、このカペラの最大の特徴は何かといえば、やはり『FF化』にある。時代の趨勢としてFRからFFへ。その大きな転換期がハチマルの時代ともいえる。ワンクラス下のボディサイズたるファミリアがFF最後発として漁父の利を得たのとは対照的に、カペラはミドルサルーンのトップランナーに近いポジションで先駆者利益を得ようとした意欲作なのである。

 実際、同年のライバル車のなかには決して無視してはいけないモデルがある。それはトヨタのビスタ/カムリだ。絶対的なモデル数の多さ、つまりFR車を多くラインナップにもつトヨタの戦略は、ブランニューモデルによるFFミドルクラスサルーンの新規展開だったのである。これは用心深くFFへと移行していったカローラと比較してみれば分かりやすい。トヨタの場合、ビスタ店という販売チャンネルまで新規展開したのも記しておく。

 もちろん現在でも最新のカムリは日本の街を走り続けている。が、特に自称クルマ好きにとっては、その存在が目立たない……、というのが実情ではないだろうか。しかし、なのである。これを北米に目を移せば、カムリは長年アメリカでのベストセールスを記録し続けている。フォード・トーラスの牙城をとっくの昔に打破してしまった。いうなればトヨタのドル箱。

 これらから類推するに、FF化なった4代目カペラの命題は北米を筆頭にグローバルマーケットを制覇する、なのである。フォードとの提携はそれからすれば決して後ろ向きではなく、コンパクトカーが得意な日本メーカーと組むのもフォード側にとっては効率的といえただろう。日本国内においてはアメリカンイメージを前面に打ち出すオートラマ・チャンネルの積極展開を記憶されている読者も多いだろう。当時はトーラスとテルスターが主力商品としてショールームに鎮座していた。

 ドル箱という言葉が日本語になっているほど、基軸通貨ドルを相手に貿易を営むのは輸出産業にとっては大いなる魅力。これがましてプラザ合意以前の1ドル=240円前後の世界となればなおさらだ。確かにアメリカの力は、黄金の50年代と比すれば衰退していたものの、まだまだ大いに魅力的だったのは間違いないのである。

 またマツダの賭けはカペラのFF化というメカニズム面だけではなかった。4代目カペラの生産にあわせて、なんと最先端オートメーション設備を誇る「防府工場」まで新設している。マツダといえば広島、歴史ある宇品工場が思い起こされるが、広島の西、山口県防府市にさらなる生産拡大を見込んだ巨大投資も行った。ちなみに、カペラの実質後継車ともいえるアテンザも今、この防府工場で生産されている。

 確かにカペラは一見、地味に感じられるモデルかもしれない。しかし、なのである。80年代以降のさらなる動乱が予想されるグローバルマーケットにおいて、自動車メーカーが盤石なる地位を確保するのに最重要ともいえるカテゴリーだった。その出来栄えに、未来を洞察するプロたちが讃辞を贈ったのは当然のこと、ともいえる。

 整理しよう。初代ゴルフが先鞭をつけたトランスアクスルのフロント駆動というメカニズムは、革新だった。戦前戦後を通し、自動車という乗り物が後輪駆動、すなわちFRが当然という時代が長らく続いていた。かたや不等長のドライブシャフトなどが典型例で、FFは製品の安定性という面で少なくない課題を残していた。これはこと量販車にとってはリスク以外の何物でもない。しかし、スペース効率に優れるFFは限られた車体サイズのなかで広い室内&荷室空間に有利であるし、同時に部品点数が少なくコスト面でもアドバンテージをもつ。

 広く、そして安く造れるということ。確かにゴルフにしろ、ファミリアにしろ、FFのアドバンテージをスペースユーティリティ面で発揮はしているものの、グローバルに視野を広げれば、間違いなく、カペラクラスのミドルサルーンこそが車体サイズにしろ、スタイリングにしろ、経済性にしろ、ニーズが最も大きい、すなわち販売台数が見込めるということになる。これは先に述べたよう、現在のトヨタ・カムリが、間違いなく証明しているわけだ。

 ではなぜ、それこそビスタ/カムリという対抗馬がいたにもかかわらず、カペラがCOTYに輝いたのか?  当時、本質的に新しい商品性だったのだ。ここでは、その最大の特徴である「広さ」を前面に出し、販売の現場では、もうひとつのメリットたる「価格の優位性」を強調すれば事足りるのではないか? そう考えるのが商売人のセンスではないだろうか。決して揶揄しているのではなくシンプルな戦略というのは商売の基本の基本だろう。

 対するマツダは、FF化にあってFRがもつダイナミクス性能に見劣りしないドライバビリティを追求した。運転する悦び、である。まさにマツダのDNAはここにも見いだせるということなのだ。ヨーロッパの高速移動にも対応すべくハイデッキのエアロダイナミクスボディを採り入れているし、サスペンションはストラットによる4輪独立懸架を当たり前のように採用した。またFFの操縦安定性のキモはリアサスのセッティングにこそあるとし、積極的なトーコントロールシステムさえ採り入れているのである。

 またこれは余談だが、日本人ジャーナリストに対する国外試乗会の先鞭をつけたのがカペラだった。日本以上に移動のアベレージが高い世界。そうしたスピード域でのハンドリングをぜひ体感してみてほしい、という粋な計らいである。それほど自信ある出来栄えだったともいえる。もちろんマツダは北米での大成功を夢見ていたはずだが、ダイナミクス性能においてはヨーロッパ市場を強く意識していたということ。これは最新のアテンザ(マツダ6)が、根強く欧州で人気を得ていることにもつながっている。

 ただ、日本国内でカペラの価値を理解させにくくしているものが、当時、日本を席巻していたハイソカーブームだろう。マークⅡ/チェイサー/クレスタ。もちろんFRだが、これらがスーパーホワイトのボディに身を包み、まさに街の視線を席巻していた。つまりグローバルな文脈から当時の日本を眺めれば、強い上昇志向が根付いていたと同時に、諸外国よりかなりリッチだった……、といえるかもしれない。

 これは当然のことでもある。60年代半ばからすでに日本は世界第2位のGDPを誇り、富は間違いなく日本人の財布に蓄積され続けていたのである。ただ、為替レートもあってまだまだ輸入車が割高に感じられた時代ゆえ、国内に高度な生産能力をもつ国家が、自国製による高級志向に猪突猛進するのは必然ともいえたはず。また戦後のベビーブーマー世代は、80年代初頭、まだ30代という消費に血気盛んな年齢だった。

 ロータリーほど分かりやすくはないが、4代目カペラがいかに世界戦略車として価値あるものであったかご理解いただければ幸いだ。マツダは常にアクレッシヴ、なのである。

83年式カペラ 4ドアセダン 1800 SG‐X(E-GC8P型)
全長×全幅×全高(mm) 4430×1690×1395 ホイールベース(mm) 2510 トレッド前/後(mm) 1430/1425 最低地上高(mm) 150 車両重量(kg) 995 乗車定員 5名 最小回転半径 5.0 エンジン型式 F8型   エンジン種類 水冷直列4気筒SOHC 総排気量(cc) 1789 ボア×ストローク(mm) 86×77 最高出力(ps/rpm、ネット) 100/5700 最大トルク(ft-ibs/rpm) 15.2/3500 ステアリング形式 ラック&ピニオン式 サスペンション前/後 ストラット式(前後とも) ブレーキ前/後 ディスク/リーディング&トレーリング 発売当時価格 141.9万円

cotyステアリング

掲載:ハチマルヒーロー 2010年 05月号 vol.13(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)

text:Saito Kohei/齋藤耕平

RECOMMENDED

RELATED

RANKING