【NAVI-5】現代のいすゞ車にもつながっている変速技術|80年代に生まれた人工知能を持った5速ミッション?|ハチマル・テクノロジー

シフトノブはMTのような形だったが、ATと同じような動きをする。シフトのインジケーターはセンターコンソール部分に装着。シフトノブとインジケーターの位置が連動しているので、ポジションが容易に確認できた。

       
80年代には多くの新技術が誕生した。誕生しては消えていった数々のテクノロジーの中には、現在の技術の基本となるモノが数多く存在する。今回はミッション制御でセンセーションを巻き起こしたいすゞナビはおもしろいもので、いまの価値観で眺めると「なるほど」と納得できるメカニズムの要素を持つのだが、当時の視点では「なんのために?」と、首をかしげるようなテクノロジーだった。

 とはいうものの、実際には制御技術が未成熟だっただけで、アイデアそのものはF1のセミオートマにつながる、先進性が高い革新的なものだったのである。順序は逆になるが、NAVI-5の存在意義を明確にするため、先にセミオートマの基本について整理しておこう。

 セミオートマが初めて登場したのは、1989年のことだった。フェラーリがF1で採用したこの変速システムは、クラッチの断続を機械の力(エンジンの負圧を利用)で行い、シフトレバーとクラッチペダルの操作を不要にすることで、変速操作1回につき、クラッチが切れている間の「空走」時間を0.2秒ほど短くしたのである。

 その結果、駆動力の伝達性が上がってラップタイムが向上。シフトの操作方法からパドルシフトとも呼ばれるこの方式は、またたく間にF1のスタンダード技術となり、現在では、トップカテゴリーのレーシングカー/ラリーカーでは、必要不可欠なメカニズムになっている。

 ただ、おもしろいのは、構造的にはマニュアルトランスミッション(MT)の派生型であるにもかかわらず、一般的な呼び名がセミオートマで定着したことだろう。シフトスイッチのみの操作による半自動シフトということで、この名が使われたが、クラッチペダルレスの「セミマニュアル」という言い方が本当は正しい。

 一方、量産車の分野に目を移すと、全自動変速によるオートマチックトランスミッション(AT)は、長らくトルクコンバーター+ステップ式変速機の組み合わせが主流を占めてきたことが分かる。マニュアルミッションのクラッチにあたる部分を、トルク増幅機能(最大1.9倍)を持つ流体ジョイントに置き換えた方式だが、オイルを介して動力伝達が行われる構造であるため、アクセル操作に対する反応遅れが生じる欠点を持っていた。

 さて、今回のテーマとなるいすゞNAVI-5だが、MTのダイレクトな駆動感とATのイージードライブ性を併せ持たせ、さらに変速操作をコンピューターに任せることで、新たな質の走りを提案することに商品企画の狙いはあった。

 もっとも、現在の技術視点から見るNAVI-5は、機械系の基本的な考え方が素晴らしい。機能として目指す内容は大したものではないのだが、いすゞがNAVI-5を世に送り出した1984年当時では、目指す高機能性は認められながらも、基本となる機械系の考え方にはほとんど関心が示されず、むしろ高機能ATを具体化するという意味では、意味のないメカニズムとしてとえられていた。

 というのは、当時のミッション事情はまだMTが基本で、性能重視のモデルや走り好きの人はMT、変速操作の苦手な人や運転の安楽さを求める人がATと、はっきりとしたニーズの色分けがあり、MTのような自在性を持つ高機能ATの存在は、そもそも関心が薄かったのである。

 しかし、いすゞの場合は、少しばかり事情が違っていたのである。乗用車市場のシェアが低かったいすゞは、旧態化したフローリアンに代わる新世代の小型乗用車により、市場の拡大を図ろうとしていたのである。そのためには、他社にはない特徴的な商品が必要だという結論に落ち着き、実用性を備えながらスポーティな性格を持つモデルの設定を模索していたのである。

 このモデルがアスカで、独自の先進性を強調するために、これまでとは異なる個性的なATシステム、NAVI-5を考えついたのである。

 NAVI-5の大きな特徴は、MTをベースに、油圧による変速機構とクラッチ断続機構を設けて自動変速を可能としたところにあり、エンジン、クラッチ、ミッションは、コンピューターによって一元制御されるシステム構成となっていた。このためスロットルには、高速かつ正確な開度制御が行える電子制御式、ドライブ・バイ・ワイヤー方式が採用されていた。

 ちなみにNAVI-5のNAVI-5とは、先進的な人工知能を持った5速ミッションを意味する「New Advanced Vehicle with Intelligence」の頭文字をとったもので、日本語では電子制御式自動5段変速と表記されている。また、ナビには、案内役であるナビゲーションの意味も含まれている。

 シフトセレクターは、一般のATと異なり、マニュアルと同じくHパターンのシフトゲートを持つ方式が採用されていた。1速、2速、D3(1〜3速自動)、D5(1〜5速自動)、Rの各ポジションが設けられ、MT車と同じ感覚でセレクターの操作ができることを狙いとしていた。

 NAVI-5の大まかなシステム構成はこうした内容で、エンジン、ミッションといったメカニカルコンポーネンツは完成度にも定評はあったが、メカニカル系の協調制御を行うコンピューターは、容量や処理速度、さらにはD3、D5で使うシフトマップの熟成などが不十分で、設計初期の性能、能力が十分に発揮される状態ではなかったのである。

 それらは、たとえば急激なアクセルのオン/オフによるシフトアップ/ダウンの動きに対応できなかったり、全自動変速となるD3、D5のモードが、ドライバーの運転パターンによって制御がまちまちになったりと、細部の動きに追従できない精度の甘さがあったのである。

「〜たら」「〜れば」の話になってしまうが、現代のコンピューター技術と豊富な蓄積データがあれば、当時のNAVI-5が意図した性能は、そのとおりに実現されることは間違いない。

  こうした意味では、当たり前なのだが、当時はNAVI-5システムの意図する性能、機能に目が向き、完成度が不十分であったことから、評価は低くなっていた。しかし、改めて歴史的な視点から振り返ると、まったく異なる価値を持っていたことに気付かされる。それが最初のところで触れた、セミオートマにつながる考え方である。

 NAVI-5は1984年に登場しているが、1986年には、ポルシェがツインクラッチシステムによるPDKで、クラッチペダルレスを試している。こちらは耐久レース用のグループCカー962で、システムの有用性は確認したものの、重量が重くなる(通常のMTに対し50kg増)ことから正式採用が見送られていた。しかし、20数年以上を経てポルシェの市販車で実用化されている。


MTとATの2つの特性があるいすゞのナビ5。


 なお、ツインクラッチ(他にデュアルクラッチ、DSG、DCTなどの表記)方式の実用例は、ボルグワーナー社特許のDSGを使う2003年のVWゴルフ(32R)が最初。日本車でも日産GT‐R、三菱ランサー・エボリューションⅩがこの方式を採用している。

 NAVI-5は小改良を重ね、1989年までいすゞの市販乗用車系で使われたが、その後は中・大型トラック用としてNAVI-6へ、さらにスムーザー(Smoother)へと発展し、現在も活用されている。

 このシステムがNAVI-5と異なる点は、発進用にフルードカップリングを持ち、クラッチ形式が乾式単板から湿式多板に変更されたことで、いずれもスムーズな動きを実現するために加えられた改良となっている。

 MTの変速機構を手動でなく、油圧や圧搾空気、あるいはモーターによって動作させ、変速効率に優れる新たな形式を作り出したという点で、NAVI-5は、自動車史に残るメカニズムのひとつとなるだろう。



発売開始された84年の広報資料では、その特徴的なシフトチェンジについて、グラフを多用し、それまでのATとの違いなどを詳しく説明している。

掲載:ハチマルヒーロー 2011年 05月号 vol.15(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)

全ての画像を見る

テクノロジー記事一覧

text & photo:Nostalgic Hero/編集部

RECOMMENDED

RELATED

RANKING