今だから語れる80日本カー・オブ・ザ・イヤー 第2回COTY受賞車 トヨタ ソアラ

       
毎年、最高の1台を選び出す日本カー・オブ・ザ・イヤーは今年で30周年を迎える。

 そこで東京モーターショーでの記念展示を開催して、その会場でイヤーカーを選考することになった。

 その歴史は記念展示でも確認できるが、今回は第2回受賞車のソアラを振り返ってみよう。1970年代は2度の石油ショックの影響で世界的な不況だった。ただし我が国日本は特に各種の技術革新を経て、80年代に入った途端、がらり好景気へと突入しはじめる。COTY第1回を受賞したマツダ「ファミリア」などは、まさに日本の若々しい勢いを象徴するような存在。ファミリアは受賞後、尻上がりに販売を伸ばし、爆発的ヒットにも繋がった。熱きハチマルの時代、まさに幕開け。

 そして今回取り上げるのは、81年の第2回COTY受賞車、トヨタ「ソアラ」。もちろん初代だ。当時の価格で300万円に迫る高級車としてデビューを果たした。クラウンが社用車としての需要が少なくないのとは対照的に、ソアラはパーソナルクーペ。「個の贅」にターゲットを絞ったブランニューである。新車開発には決して少なくない時間が必要であることを鑑みれば、不況のただ中にあってもトヨタは、国内富裕層の増大、景気の回復まで予見していたのではないか。

 実際トヨタはラインモデルとは別に約10年ごとに時代を牽引する新規モデルを開発している。ソアラの次がセルシオ、セルシオの次がプリウスといえば、ご納得いただけるだろうか。時代の先の先を読む目、である。

 さて、初代ソアラ。中身の目玉は何かといえば、まずはエンジン、2759ccの5M‐GEU型ユニットだ。3ナンバーそのものが珍しかった時代にあって、排気量のみならずDOHCヘッドユニットまで採用した。また量販が見込める2Lクラスには、まず1G‐EU(SOHC)などを用意し、以降ターボモデルや「ツインカム24」なども追加している。そしてモデル末期に5Mは排気量を拡大し、3Lとなる「6M‐GEU」の時代を迎えた。

 先進のメカニズムを搭載したストレート6。流麗なクーペのフォルム。初代ソアラ登場当時、先行のBMW6シリーズと比較されることも少なくなかったものの、当時の6シリーズの国内価格は1000万円以上。決して同一のマーケットになかった両車。ただ、ハードウェア的にはBMWの牙城を脅かす萌芽であったのは間違いない。

 というのも、現在も中間排気量はストレート6を貫くBMWにとって、トヨタがプレミアムな領域で、高度な直列6気筒を造り出したことは決して無視できるものではないからだ。しかも当時の日本は1ドル=260円あたり。為替レートが自国の輸出産業に大きな影響を与えるのは今も昔も変わらない。少し前、アルテッツァのテールランプとBMW318tiのそれとが似ている……、と言われたものだが、やはりBMWがトヨタ(レクサス)を意識していることを隠さない時代にもなっている。

 ただし、初代ソアラの全幅は1695㎜(2800GT)。国内マーケット前提のパッケージングを採用していた。これは初代ソアラにとって、2800GTはイメージリーダーであり、絶対数は2Lモデルで稼ぐため、と捉えるべき。内需の高まりは予想していたものの、メルセデスやBMWが採用するグローバルな車体サイズには、足を踏み込まなかった。

 かつて「石橋を叩いても渡らない」などと揶揄されることの多かったトヨタであるが、商品戦略を振り返ってみるに「石橋は渡る。けれど、慎重に」といったところだろうか。短期的な経済動向の変化に流されやすい他メーカーに比べ、10年、20年先をしっかりと見据え、新たなチャレンジを厭わないところがトヨタを現在の地位に押し上げた理由のひとつだろう。

 業績によってトップの首がコロコロと入れ替わる体制では、そうした長期的展望を実践することが難しいのではないだろうか。そこでぜひ注目してほしいのが豊田家の存在だ。今の時代にあって豊田家直系の新社長がデビューを飾ったばかり。実質、オーナーたる豊田家がぶれないからこそ、大局に立った決断が下せたのは間違いない。プリウスの存在など、分かりやすい典型例といえる。また今、久方ぶりに創業一族が舞台の矢面に出るのも、決断そのものに一層のスピードが求められる波乱の時代の証し、かもしれない。

 初代ソアラに話を戻せば、COTY受賞の大きな理由のひとつが「まったく新しい専用シャシー」である。新しいパワーの時代を切り開くための新世代シャシー。じつは既存のシャシーへ、開発時に想定外の大排気量エンジンを組み合わせる、という手法は決して珍しくはない。特に国産車が小型車から普通車へとシフト(脱皮)する時代には、目立つ手法だったかも……。

 しかし、初代ソアラは、5M‐GEUから始まる「モアパワー」の時代を見据え、容量あるシャシー性能を初代ソアラに投入した。もちろんこれはコスト(開発費&車輌価格)にもダイレクトに跳ね返る。メーカーにとっては、やはり挑戦なのである。

 コンピューターの性能が高まった時代を受けて、デジタルメーターに象徴される各種コンピューター制御にも従来にない取り組みがなされていたのも特徴だった。コンピューターの進化を予測する「ムーアの法則」は、とっくの昔から提唱され、実現もしてきた。トヨタがコンピューター技術を、これからのクルマにどう展開してゆくか?の試金石が初代ソアラでもあった。高めの車両価格だからこそ挑戦できる、未来技術の先取りだった、のである。

 81年。確かに70年代はおしなべて不景気だったものの、日本が世界第2位のGDPとなってすでに15年ほどが経過している。間違いなく余裕ある層は増えており、事実、若者中心としたファミリアのヒット、さらにマークⅡ3兄弟が牽引役となった「ハイソカーブーム」も盛り上がり始めていた。ちなみに81年は、第1次ベビーブーマー世代が30歳代半ば。ブームの背景には着実な「購買層の拡大」があったとしていいだろう。

 ちなみに同年ブームとなったひとつが、かの田中康夫(56年生まれ)氏が大学在学中に書いた小説『なんとなくクリスタル』である。お読みになっていない方でも、その内容が怒濤の高級ブランドの羅列であったことはご存じのはず。同作品は脚注の多いことでも有名で、まだ一般的ではなかったブランドや文化などを、ウイットに富んだ文体で解説しているのも特徴。海外ブランドや、まして海外旅行など、まだ多数派には夢の時代でもあった。

 若い読者は想像できないかもしれないが、当時、ハワイ旅行に行こうものなら、もれなく巷のヒーロー。免税店でおみやげのジョニ黒買ってきてくれたらサイコーにいい人の称号がもらえたのである。為替や航空運賃の変化だけでなく、アルコールの関税の変化を知らないと、若い世代は「なんのこと言っているのか、よく分からない」ことのよう。自称オヤヂ世代以上の方、ご注意あれ。

 90年代を迎えてクルマの所有率の上限を迎えた日本にとって、80年代初頭は、新車販売そのものに大いなる伸びしろが存在してもいた。一方、北米やヨーロッパの不況は深刻で、わが国の輸出産業は内需へ目を向ける。その狼煙こそが初代ソアラだったはず。超富裕層以外は、プラザ合意実現までは海外モノとは疎遠だったわけで、内需のブーストは、まるでブローオフバルブ無しのターボがごとく、真っ赤に日本そのものをヒートアップさせてゆく。

 ここで重ねて思うのは、81年という段階で初代ソアラを、しっかり中身を伴ったカタチで投入するトヨタの洞察力である。さらに続く2代目開発には超高級を知る故白洲次郎氏のアドバイスを仰いだことはつとに有名。若かりし頃イギリス留学して私有のブガッティを乗り回したという白洲氏(超富裕層というのはずっとわが国にもいた)。終戦直後の吉田茂首相の懐刀として有名だが、トヨタは真の富裕層だけが知る文脈をソアラに盛り込もうと必死だったことがうかがえる。

 さらに3代目ソアラでは、こちらがびっくりするほど、デザインの文法を変えてきた。北米でのレクサス戦略が始まったばかりということで、なおさら国内では、その豹変ぶりが理解しにくかったのではないだろうか。デザインそのものもカリフォルニアの「CALTY」で行われたことを知れば、そのアメリカンな匂いもご納得いただけるに違いない。世界経済は、日本のバブルが弾け、そしてアメリカの景気が上向いてもきていた頃である。やはりトヨタ、恐るべし。

 戦後の北米進出第1陣には失敗しているトヨタ。また日産のブランドイメージも長らくトヨタを上回るものだった。ただ、ハチマルの時代に突入し、現在へと至る道を振り返れば、まさに初代ソアラ以降、戦略の精度は極めて高いものを維持している。81年、第2回COTY受賞、「ソアラ」。必然にして正当なる評価だと今の視点からも確認できる。ソアラ、ひいてはトヨタ全体のイメージの向上といった面でも、並々ならぬ影響があったはず。もちろん歴史は未来へと続く。さて、今年のCOTY、最新のCOTYの結果や、如何に。

81年式ソアラ 2800 GT(E-MZ11-HCMQF型)
全長×全幅×全高(mm) 4655×1695×1360 ホイールベース(mm) 2660 トレッド前/後(mm) 1440/1450 最低地上高(mm) 165 車両重量(kg) 1300 乗車定員 5名 最小回転半径(m) 5.5 エンジン型式 5M-GEU型直列6気筒DOHC   エンジン種類 直列6気筒DOHC 総排気量(cc) 2759 ボア×ストローク(mm) 83.0×85.0 最高出力(ps/rpm、ネット) 170/5600 最大トルク(ft-ibs/rpm) 24.0/4400 ステアリング形式 回転数感応型パワーアシスト付きラックピニオン式 サスペンション前 ストラット式コイルスプリング サスペンション後 セミトレーリングアーム式コイルスプリング ブレーキ前/後 ベンチレーテッドディスク(前後とも) 発売当時価格 286.7万円

ステアリングシートメーターエンジン

掲載:ハチマルヒーロー 2009年 12月号 vol.12(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)

text:Saito Kohei/齋藤耕平

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