【長谷見昌弘×柳田春人 3】操作は重く、暑いシルエットを悪戦苦闘しながら走らせた| N2dレジェンド・ドライバーズ トークショー Vol.3

83年の柳田のブルーバード・シルエットは、オートバックスカラーに変更。初戦で優勝を飾り、その好調を維持し、見事にシリーズチャンピオンを獲得。ただし、この年限りで富士GCシリーズの中のスーパーシルエットレースは終了となった。

       
82年5月の連休明けにスカイライン・シルエットは富士スピードウェイでシェイクダウン。筑波サーキットでデビューを飾った。このときはリタイアに終わったが、2戦目は聖地ともいえる富士スピードウェイである。

 長谷見はBMWのM1とバトルを繰り広げた富士のレースを熱く語る。

「1周目、BMWを抑えてトップだったんです。富士スピードウェイの最終コーナーを立ち上がったとき、ストレートの観衆は総立ちで迎えてくれました。みんなスカイラインの復活を待ち望んでいたんだな、と走りながら胸が熱くなりましたよ」

 日産のシルエット軍団は、走る姿がカッコよかった。とくにコーナーでシフトダウンしたときにサイドマフラーから吐き出すターボファイアーがカメラ小僧をときめかせている。スタート直後の富士の第1コーナーは、3台の日産シルエット軍団が先陣争いを演じ、しかも火を吐く絶好の観戦ポイントだったため多くの観客が陣取った。

 このターボファイアーは、機械制御の時代ならではの産物だ。ヒール&トゥでシフトダウンし、アクセルを戻したときに火を吐き出す。これを見て感動の声をあげる人が多かった。

「ターボファイアーはエンジンの調子がいい証拠だった。観客も喜んでいたね。でも、シルエット・フォーミュラはエンジンが前にあるし、インタークーラーも前。サイドマフラーは火を吐くしドライバーは灼熱地獄だった。今と違ってクールスーツなんてないから、汗ビッショリで走っていたんだ。

 また、当時のマシンはフレームも悪かったね。ストレスがかかるとねじれてしまい、バウンドして落ち着きがなくなる。タイヤもバイアスタイヤだから、500馬力を超えるパワーを全開にするとフロントのグリップが足りなかった。だから、あのデバ亀のように大きなスポイラーを前に付け、リアスポイラーも大きなものを付け、ダウンフォースがかかるようにしたんだ」と、スーパーシルエットの特性を語った。

 迫力満点のシルエットは、もちろん走る姿もカッコよかった。だが、ドライバーは汗だくになって、悪戦苦闘しながらマシンを走らせていたのである。





掲載:ノスタルジックヒーロー 2012年6月号 Vol.151(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)

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text : Hideki Kataoka/片岡英明 photo : Motosuke Fujii/藤井元輔

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