【長谷見昌弘×柳田春人 1】シーズンオフに長谷見が柳田の息子、真孝をスカウト|N2dレジェンド・ドライバーズ トークショー Vol.1

ターボファイアーを放ちながら富士スピードウェイのヘアピンにブレーキングで飛び込むスカイライン・シルエットの姿に、ファンはシビれた。マシンの中も灼熱地獄だったようだ。写真は82年の前期型だ。

ノスタルジック2デイズには熱心なノスタルジックカーファンが多く詰めかけるが、モータースポーツファンも少なくない。とりわけ熱狂的なマニアが多いのが日産である。ファクトリードライバーのなかでもっとも多くのマシンに乗り、大暴れしたのが長谷見昌弘だ。ノスタルジック2デイズには、今回で3度目の出演となった。もうひとりのゲストは「雨の柳田、フェアレディZ使い」と言われた柳田春人だ。

 トークショー当日は、日産が2012年シーズンのレース体制を発表する日だった。長谷見も参列するため、トークショーはちょっと短めとなっている。だが、知られていない秘話も数多く飛び出し、ファンは満足の笑みをたたえ、トークに聞き入っていた。

 長谷見と柳田は日産では先輩と後輩の関係。また、柳田にとっては息子、真孝の恩師でもある。今から11年前、真孝のドライビングセンスにほれ込み、父を口説いてハセミモータースポーツにスカウト。その後、GT500、GT300でチャンピオンに輝くなど、今も活躍中だ。

 柳田春人は初代のS30フェアレディZで大暴れした。活躍の舞台は、爆発的な人気を誇った富士GCシリーズだ。フェアレディ240Zで挑み、雨のレースで速かったことから『雨の柳田』の異名を取った。その後、スーパーツーリングレースでもマツダのロータリー軍団と熾烈なバトルを繰り広げ、日産ファンの溜飲を下げている。

 同じ時期、長谷見は富士GCレースに加え、F2やFJ1300などに参戦し、常に上位に食い込んでいた。日産がレース活動を休止していたから、日産車以外のマシンを使ってレースをしていたのである。そんなとき、グループ5のシルエット・フォーミュラがスタートした。だが、最初にステアリングを握ったのは柳田だった。オイルショックで日産に眠っていたバイオレットターボを引っ張り出し、79年からスタートした富士のスーパーシルエットレースに参戦したのだ。





掲載:ノスタルジックヒーロー 2012年6月号 Vol.151(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)

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text : Hideki Kataoka/片岡英明 photo : Motosuke Fujii/藤井元輔

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