「平均時速206km/hを維持するには」【細谷四方洋 × 鮒子田 寛 3】薄氷を踏む思いで78時間のスピードトライアルに挑戦!|N2dレジェンド・ドライバーズ トークショー Vol.3

富士スピードウェイが完成し、66年から日本グランプリの舞台は富士スピードウェイに移った。これがトヨタ2000GTのデビュー戦となる。3台のマシンを送り出す予定だったが、福沢の乗るマシンは練習中に炎上し、使えなくなった。細谷と田村三夫が出場し、細谷は2台のプリンスR380に続く3位入賞を果たしている。

 スプリントレースより耐久レースのほうが合っていると感じたトヨタは、これ以降、トヨタ2000GTを耐久レースに積極的に出場させ、3昼夜にも及ぶスピードトライアルも敢行する。

 鮒子田は8月1日にトヨタ自工と契約を交わし、チームトヨタの一員となった。もうひとり、津々見友彦もチームトヨタに加入している。

 スピードトライアルには、燃えたまま雨ざらしになっていたクルマをきれいに修復して使った。細谷によれば、

「もったいないから直してスピードトライアルに使ったんです。同じところを何周も回るだけですから、とても退屈でした。ハツカネズミの気持ちが分かるような気がしました。平均時速206km/hを維持するには250km/h前後のスピードで周回することになるんです。眠気が最大の敵でしたね。トヨタ2000GTはスポイラーなどを付けずに250km/hで不安なく走れたのだから凄いスポーツカーでした」

 鮒子田はチームトヨタに入って約2カ月でスピードトライアルに挑戦することになった。夜間走行が多かっただけでなく、雨の中での運転も経験。

 新人ながら参加した鮒子田は、

「テストもなく、すんなりワークスチームに入れたんです。3回ほどシミュレーションテストを行ったのですが、エンジンが壊れたり、サスペンションに不具合が出たりしてまともに走れませんでした。不安だらけでスピードトライアルに臨んだんです。正直、雨が降ったときは本当に怖かった。谷田部の高速試験場はコンクリート路面なんですが、コースの所々に深い水溜まりができていました。そこを駆け抜けると滑るんです。走るのをやめたいと思ったほど危ない目にも遭いました。逆に、バンクは正直ホッとしましたね。水が下のほうに流れていくから運転しやすいんです。周到に準備してきたし、エンジニアや首脳陣の期待も大きかったから、壊しちゃいけないと緊張しました」

と、そのときの心境を述べている。

 鮒子田は雨が降り続いたため、細谷が務めるはずだったアンカーの大役を命じられた。3度の練習ではエンジンやクラッチが壊れ、一度も完走できなかったが、本番では大きなトラブルなしに1万マイルを走り、チェッカーフラッグを受けている。当時の皇太子殿下(今の上皇陛下)が東京モーターショーに招かれ、トヨタブースではスピードトライアルに挑んだトヨタ2000GTを中心に見て回ったが、そのとき細谷にねぎらいの言葉をかけている。

 また、富士24時間レースのとき、編隊を組んでデイトナフィニッシュしたときの話も興味深いものだった。



谷田部でのスピードトライアルに使われたトヨタ2000GTのレプリカ。鮒子田にとってチーム・トヨタに入って最初の大仕事だった。トークショーで「怖かった」を連発したのが印象的。



最初は快晴だったが、台風が襲来して雨と風が強くなる。ストレートには大きな水溜まりができ、クルマは大きく振られた。「バンクでは水が下に流れたから一息つけた」と鮒子田。


掲載:ノスタルジックヒーロー 2012年6月号 Vol.151(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)

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text : Hideki Kataoka/片岡英明 photo : Motosuke Fujii/藤井元輔

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