ハードトップにはピラーの細いB案が存在した。そしてケンメリ、ジャパンへ|C10スカイラインのデザイン秘話公開 Vol.5

       
さらに松宮のハードトップの話は続く。ハードトップにはB案が存在したことがわかった。リアクオーターピラーは量産モデルよりも細く、ピラーの下部でくの字に折れ曲がっている。これはガラスを収納をするためである。フロントピラーとルーフの接点はやや角張っている。このハードトップのB案は採用されなかった。

 A案は70年10月にはハードトップとして発売されている。量産モデルはフロントウインドーとルーフの接点が丸く流れるデザインになっている。リアクオーターピラーとウエストラインは滑らかにつながり、力強さと流麗なラインを形成している。この2つのハードトップとも松宮がデザインしていたものだった。



 ハコスカの次のC110ケンメリ・スカイラインについても触れておきたい。新人の松井孝晏の描いたサーフィンラインはデザイン課に衝撃を与えた。

 松井は42年3月14日、愛知県岡崎市生まれ。千葉大学工学部工業意匠科を卒業。68年4月に日産入社。第4設計部デザイン課(荻窪スタジオ)に入る。

「アイデアスケッチの描き方もまだわかっていなかったが、だれも教えてくれなかった。スケッチを壁に並べると、インパクトを与える絵はすぐわかる。そこで他のデザイナーに負けないように一生懸命描き方を研究しました」と松井は本誌01年2月号で答えている。

 松井の絵はただのハイライト描法ではなく、クルマの立体感を出すために几帳面に面をびしっと塗ってあった。それまでハイライトはさらっと塗るのが普通だった。松井のスケッチはパッと目立った。確かに色を力強く塗ったほうに注目は集まる。C110ケンメリ・スカイラインはアメ車のようなスタイルで、サーフィンラインはスプーンでえぐったような手法をとった。

 新人の描いたデザインをまとめるのは松宮の仕事の1つ。自分でもB案を描きながら、A案を立体化していった。A案は荻窪(旧プリンス)のモデラーが、B案は鶴見(旧日産)のモデラーがクレイモデルを造った。日産との合併がデザインにも影響してきた頃だ。そして、松井の描いたA案に決まった。

 フロントはアメリカの戦闘機F‐100(スーパーセイバー)のイメージを取り込んでいる。大きな開口部があり、太いモールとバンパーで輪郭が作られていて、穴を主張したデザインだった。これは松宮のアイデアで、戦闘機が好きな松宮ならでのものだった。全体の基本フォルムやサーフィンラインは松井案だが、フロントとリアは松宮案というのがケンメリ・スカイラインといえる。

 さらに、C210スカイライン・ジャパンのデザインの基本形も松井案になった。ケンメリ・スカイラインと同様松宮はフロントをデザインする。マイナーチェンジで急に角形ヘッドランプを採用することになった。市光工業の製品だったが、技術的な理由でやや厚いものになり、不格好なものになった。デザイナーは厚いランプを使いたくなかった。しかし、田中次郎は譲らなかった。「スカイラインは新しい技術を積極的に採用するクルマじゃなかったのか、新しいことをやってみようじゃないか」と半ば強引に角形ヘッドランプを推進した。

 話は歴代のスカイラインにも及んだが誌面の関係で別の機会に譲らせていただく。

 最後に今回のメインテーマである「名車ハコスカのデザインの秘密」をまとめてもらうことにした。

 ハコスカはクレイモデルを先に造り、それを計測するパターンではない。線図を優先させた最後のモデルである。このことが人体のような中から盛り上がるデザインができた理由である。ボディの面の変化が一定ではない。どこをとってもラインが徐々に変化している。現代のようなクルマの一定のアール(曲面や曲線)ではない。例えば上は小さいアールで、下は大きいアールになっていた。そして、その異なったアールを接合していく。その間を緩やかなアールでつなぐ新しい手法だった。

 これがハコスカのボディは筋肉のようだと言われる理由だ。幸運だったのは鈴木が考えた赤みを混ぜたブラックのシルバーメタリックのカラーが微妙なボディを輝かせたからである。

 ハコスカは発売当初からじわじわ販売台数を伸ばし、70年10月のハードトップの登場とマイナーチェンジのタイミングがマッチした。月間販売台数は3340台(70年と72年を比較)伸びた。松宮の二重眉毛のフロントスタイルは購買層に確実にアピールした。しかし、その陰には「S75」という日の目を見なかった存在があったことを覚えていてほしい。試作の「S75」のデザインを量産車のマイナーチェンジとハードトップに結実させたデザイナーの功績は果てしなく大きい。


新人だった松井孝晏がハイライトの白を力強く表現したC110ケンメリ・スカイラインのスケッチ。全体のフォルムやサーフィンラインは松井案。フロントとリアは松宮案。

関連記事:C10スカイラインのデザイン秘話シリーズ一覧 ハコスカ に関する記事一覧

掲載:ノスタルジックヒーロー 2012年4月号 Vol.150(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)

text:Nostalgic Hero/編集部 photo:Tatuso Sakurai/桜井健雄

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