発掘スクープ!! ハコスカには違う未来があった!?「S75スーパー・スカイライン HT2000GT‐R」|C10スカイラインのデザイン秘話公開 Vol.4

今回のインタビューの核心部分に入る。松宮がデザインしたスカイラインのスポーツカーの話だ。

 森が当初狙った情緒のあるフロントの表情を松宮は進化させた。松宮はC10スカイラインのマイナーチェンジとハードトップで、グリルの中に眉毛を作り、よりダイナミックにした。いわゆるダブル眉毛デザインになるのだが、フロントエンドの削った眉毛部分は目立ちにくかった。

 スカイライン・ハードトップのデザインの前に「S75」と呼称される「スーパー・スカイラインHT2000GT-R」(仮称)の線図の存在に触れなければならない。これが今回の発掘スクープだ。

「S75」のフロントはスポーツカーのような流麗なラインを描いている。スカイライン2000GT-Rのフロントオーバーハングは705mmだが、「S75」は773mmで、スカイライン2000GT-Rよりもさらに68mm延長される。が、ラジエーターの位置は同じ。フロントエンドは大胆に低くなり、フェンダーも変更された。まるでフルモデルチェンジのような変化だった。

 フロントは、森の当初からのデザイン意図をより鮮明にし「ハコスカをスポーツカーにしたらこうなる」というデザイン。フロントエンドの眉毛部分だけにし、グリルにはモールもなく、大胆にブラックアウトされ、すべてパネルで構成されていた。ランプはより吊り目を強調したものになった。レーシングカーのようにバンパーはなく、グリル下には大きなエアインテークの孔が開いている。「S75」のデザインは高性能を示唆していた。もしこのスーパー・スカイラインがレースに参戦していたら、50連勝以上したに違いない!

 松宮はメッキもグリルもない純粋なスポーツカーにしようと思った。グリーンのクレイのストックがあったので「S75」の1分の1クレイモデルを造った。そこで資金的な制約から上層部が開発中止の判断を下した。

「このクルマでスポーツカーの世界に一石を投じたかった。すぐにでもレースに出られるようなクルマでした。上層部に熱い思いは通じませんでした。でも、結果的にはハードトップの二重の眉毛のデザインが4ドアセダンにも採用された。私のデザインがユーザーの皆さんに受け入れられたことは、デザイナー冥利につきます。ただ森さんのデザイン意図を忠実に表現しただけです。ハコスカのマイナーチェンジ(MC)の陰には『S75』という幻のスポーツカーがあったことを忘れないでほしいですね」と松宮は声を詰まらせた。

 この線図には名称LINES BODY、型式記号74‐1、番号5000 1‐0703Pと描かれている。さらに、田中次郎、藤田喜作、渦尻静、森典彦、片柳重昭、伊藤烈、坪井勲のサインが残っている。

 松宮はこのモデルを「S75」だと主張しているが、図面では「74‐1」になっている。これは単なる図面上の数字で「S75」という松宮案を筆者は採用することにする。

 66年4月26日や66年9月2日の日付もかろうじて読めるので、68年8月にハコスカが発売される約2年前にこのデザインがされていたことになる。

 ここで松宮から面白いエピソードが飛び出した。松宮がGT-R(GTの2文字の下に大きなRがある)のエンブレムをデザインした後の話である。ハードトップのリアクオーターピラーの中央に円の中に入った「S」のマークがある。その円は松宮がポケットにあった1円玉を5分の1クレイモデルにぴたっと押しつけてデザインしたものだ。「1」という数字を「S」に置き換えてデザインし直し「これでいいですか」と森にお伺いをたてたらOKが出たという。


八木沼はハコスカの線図を描いた。あの複雑で筋肉のようなラインを計算し、55日間かけて仕上げた。製図は太田忠四郎が担当。

関連記事:C10スカイラインのデザイン秘話シリーズ一覧 ハコスカ に関する記事一覧

掲載:ノスタルジックヒーロー 2012年4月号 Vol.150(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)

text:Nostalgic Hero/編集部 photo:Tatuso Sakurai/桜井健雄

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