トヨタの技術をすべて注ぎ込み世界を驚がくさせた最上級サルーン 1


 国産車の歴史でまれに見るビンテージイヤーとなった1989年。そのなかでもひときわ鮮烈な輝きを放ち、国内外に大きな影響を与えたのがセルシオだ。「マルF」と呼ばれたセルシオの開発プロジェクトがスタートしたのは84年。「ワールド・ワイドに通用する世界のトップレベルのハイ・パフォーマンス・ラグジュアリー・カーの創造」をコンセプトに、50年にもわたり日本の自動車産業をけん引してきたトヨタの技術力を総動員して作られた。
 新たなフラッグシップの開発は、すべてを原点からスタートした。そのなかでキーワードとなるのが「源流対策」と「二律背反」。源流対策とは根本から問題や原因を解決すること。たとえば騒音・振動を抑える時、遮音材などで対処するのではなく原因を突き止め、それがエンジンならば精度を追求して騒音や振動を大もとから断つということだ。一事が万事で、ボディや足まわり、シャシーなどすべての部位で、このような対策が行われている。
 また、セルシオの開発では大きく3つの目標が掲げられた。①最高速度250km/h、②アメリカのガス税をクリアする燃費にする、③きわめて静粛なクルマにすることである。②の詳細は割愛するが、これらを実現するには矛盾が生じる。最高速を求めれば燃費は悪くなる、静粛性を求めれば重量増は免れない……。これが二律背反で、ある性能を高くしようとすると、その反作用で必ず背反する要素が出現するのだ。これは物作りの自然な流れだが、トヨタは特別開発体制として「FQ委員会」を設置し、妥協することなく品質向上と矛盾克服を追求した。
 さらに、この難題と高い壁をクリアするため、北海道の士別に1周10㎞にもおよぶ高速周回路を持つテストコースも建設。北米や欧州の道路を模したコースのほか、250km/h以上のスピードでの走行も可能で、かつ極寒テストも行えるこのコースは、セルシオのために作ったといっても過言ではない。それほどまでにトヨタは、このセルシオに賭けていたのだ。
 通常より長い開発期間、携わった開発スタッフは3700名以上、450台以上の試作車、350万km以上の走行テスト、通常の6倍もの回数で繰り返された風洞実験など、セルシオの開発は異例づくし。エンジンやサスペンション、機能、装備についても新開発が目白押しで、とてもここでは紹介しきれないほど。その結果、走行性能や品質をはじめとするすべての面において、メルセデス・ベンツやBMWに代表される欧州の高級サルーンと互角以上に渡り合えるフラッグシップが完成した。トヨタが作り上げた最上級サルーンに世界の名だたるメーカーは驚がくし、「セルシオショック」は瞬く間に世界を駆け巡ったのだった。







ハチマルヒーロー2019年5月号 Vol.53(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)

text:Rino Creative/リノクリエイティブ photo:Akio Hirano/平野 陽

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